民法初伝4日目:所有権が侵害されたとき-物を返せ


1 前回までのまとめ
 前回は<事例1>を検討し,損害賠償請求により修理費を支払ってもらう場合,すなわち「金銭での賠償を求める場合」について学習しました。そのための制度として「不法行為」制度があり,これを定めている条文は民法709条であることを学習しました。さらに,損害賠償請求ができるという「効果」が発生するための「要件」は何か,といったことも学習したわけです。
 また,補講では,その不法行為の「要件」についてもう少し深いところや関係する判例をいくつか学習しました。

2 不法行為に基づく損害賠償制度だけで十分か
 今回は新しいテーマに進みます。
 <事例1>においては,所有権の侵害に対して金銭で賠償してもらえればそれでよかったのですが,次の<事例2>はいかがでしょうか?損害賠償請求だけで十分でしょうか?
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<事例2>
 Xは,所有しているとても大切な自転車を駐車場に置いて大事に保管していたところ,Yに盗まれてしまった。Xは,Yにいかなる請求ができるか。
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 現実的には,そもそも盗んだ犯人が見つかるだろうかというところが大問題ではあります。しかし,法律学では,そこは見つかったことにします。犯人Yはすでに見つかっており,盗まれたXはそのYに対して何らかの請求ができるのではないか,というところを考えます。

余談:刑法なら窃盗罪
 なお,刑法では,盗んだYは「窃盗罪」の罪責を負います。刑法235条です。
 しかしここは民法ですので,XがYにどんな権利を持つのかという「X→Y」を考えることになります。

3 不法行為に基づく損害賠償請求ができる
 <事例1>と同じく,やはり民法709条の不法行為に基づく損害賠償として,XはYに対し「盗んだ自転車の時価相当分のお金を支払え」という請求ができるでしょう。不法行為の要件をすべて満たすことをご確認ください。
 たとえばXの自転車が時価10万円なら,XはYに対して「10万円支払え」という請求ができます。

4 損害賠償請求よりもむしろ返してもらいたいはず
 しかし,盗まれたXの立場からすると,それだけでいいでしょうか。
 Xからしたら,「金で償え」よりもまずは「わしの大切な自転車返せ」というのが自然な気持ちではないでしょうか。自転車が無理なときに初めて「しゃあない,じゃあ金で償え」となるのではないかと思います・・・えっ,「ちょうどこの自転車いらんなと思ってたところやから,むしろ金で償ってもろたほうがええかな」という人もいるかも!?
 たしかに・・・でも通常は,やはりまずは返してもらうことを考えるでしょう。<事例2>には「大切な自転車」と書いてありますしXもできれば返して欲しいんじゃないでしょうか。
 というわけで,これから,自分の所有物を返してもらうための手立てを検討していきましょう。「わしの物返せ」が今回のテーマになります。

5 返してもらうための制度
 これまでに学習した民法709条では,賠償請求しかできないということでした。不法行為の「効果」のところで,不法行為制度は金銭で償ってもらうだけなのだということを学習しましたよね。
 ということは,自分の所有する物の返還を求める制度として,不法行為ではない別の新たな制度が必要だということです。それが,「物権的請求権」です。他の言い方として「物上請求権」もありますが,「物権的請求権」のほうが一般的です。

6 物権的とは
 「物権的」というのは,「物権のような」という意味ではなく,「物権について認められる」という意味です。

7 物権とは
 「物権」は以前にも出てきたかと思いますが,今は所有権のことだと思っておけばいいです。物権には所有権以外にもいくつかあるんですけど,細かい話になるのであえて深入りせずそっとしておきます。物権の代表が所有権ですので,物権=所有権とイメージしておいてよいです。細かい枝葉は気にせずに,まずは太い幹の部分をがっちり押さえるのが法学学習のコツです。

8 物権的請求権とは
 そうすると,「物権的請求権」とは,物権について認められる請求権のことになります。
 どんな請求権かというと,簡単に言えば,「わしの所有物を返せ」「わしの所有物への妨害をやめろ」「わしの所有物に将来妨害が生じそうだから今のうちに手を打て」といった請求ができる権利です。
 難しく言うと,「物権を有する人が,物権の内容が何らかの事情で妨げられている場合に,その妨害を除去し所有権内容の完全な実現を可能ならしめる行為を要求することができる権利」のことです。

補足:定義の暗記
 申し訳ありませんが,この難しい言い回しを丸暗記しましょう。法学学習ではこういう「定義」は丸暗記しなければなりません。定義を暗記することが学習の出発点です。また,試験でもきちんと勉強しているかを確かめやすいポイントになるので,問題作成者も出題しやすいです。丸暗記して得点源にしましょう。
 定義を正確に述べることで,相手に「ああ,この人はこの難しい専門法学用語をこういう意味で使ってるんだな」と伝えることができます。そうなれば,その後の議論を共通の土俵の上で行うことも可能になります。そうでないと,同じ専門法学用語を違う意味に使っていたりするかもしれず,議論もかみ合わないものになってしまいます。民法ではさほどでもないんですけど,刑法なんかでは同じ専門法学用語なのに学者によって意味が違っているということがザラにあります。

9 物権的請求権の定義について
 この難しい言い回しについて,分解して検討しておきます。なぜこのような定義になっているのか理解すれば,暗記もしやすくなるかと思います。
 まず,「物権を有する人」に認められる権利です。これは問題ないでしょう。
 次は,「物権の内容が何らかの事情で妨げられている場合」に認められる権利となっています。つまり,所有権者であれば本来は自由な使用収益処分が認められているのですが,これが妨害されているという事態において認められる権利です。例えば,<事例2>のようにYに盗まれてしまっては,Xが自分で使うことや誰かにあげたりすることができなくなってしまっていますので,Xの自由な使用収益処分が妨害されています。
 その次の「完全な実現を可能ならしめる」という言い回しはわかりにくいかもしれませんが,つまり自由な使用収益処分が完全にできる状態にもどすということです。
 そして,そのための「行為を要求することができる」ということなので,先ほどの「わしの所有物を返せ」等が請求できるということです。返してもらえれば,自由な使用収益処分ができる状態にもどりますよね。

10 物権的請求権の種類
 物権的請求権には,先ほどの「わしの所有物を返せ」「わしの所有物への妨害をやめろ」「わしの所有物に妨害が生じそうだからあらかじめ手を打て」に対応して,3つの種類があります。「返還請求権」「妨害排除請求権」「妨害予防請求権」と言います。これは基本用語ですので覚えましょう。

11 物権的請求権は条文に規定されていない
 もしかしたら皆さんは,ここまでの物権的請求権の説明において「民法○○条」が登場していないことに気づいておられるかもしれません。これまで散々「条文が大切だ」と言っていたくせに物権的請求権の条文の指摘を忘れているぞと思っておられるかもしれません。
 実は,物権的請求権は,民法に規定されていないのです。とても重要かつ基本的な制度なんですけど,明文の規定がないんですね。物権的請求権は解釈によって認められる権利だったのです。

12 物権的請求権は当然認められる
 条文がないからといって,もし物権的請求権が認められないとするとどうなるでしょうか。
 <事例2>のように他人に所有物を奪われても,所有者は所有物の返還を要求することができないことになります。これでは所有権が物を支配する権利であるということの意味がなくなります。所有権は物に対する直接の支配権ですので,支配が誰かに侵害されるような場合には,その侵害に対して「返せ」「やめろ」といったことが要求できるということも権利の内容に含まれているはずです。
 このように,物権が物に対する支配権であるということから,当然,物権的請求権が認められると考えられています。物を支配できる=他人に支配を妨害されない=他人に支配を妨害されたら排除できる,ということです。

余談:旧民法には規定されていた
 ボアソナードが作った旧民法には,物権的請求権の規定がありました。旧民法36条1項本文に「所有者其物の占有を妨げられ又は奪はれたるときは,所持者に対し本権訴権を行ふことを得」と規定されていたのです。
 この条文には「本権訴権」という聞き慣れない言葉が出てきますが,本権というのは所有権のことと思っておけばいいでしょう。また,訴権というのは裁判で訴えて請求することができる権利,すなわち請求権のことです。そうすると,本権訴権というのは所有権に基づいて請求する権利というわけですから,つまりは物権的請求権のことです。
 このように旧民法には規定されていたんですが,現民法が制定されるときに,物権的請求権が認められるのは自明のことなんだからあえて条文に規定する必要はないとされ,あえなく削除されたのでした。わざわざ削除までしなくてもいいのにとも思いますけど。

13 占有については規定されている
 物権的請求権そのものについては条文がないものの,「占有」については似たような権利が明文で認められています。これについても触れておきます。ちょっと話が長くなりますがお付き合いください。
 問題の条文は,民法197条以下に規定されています。
 民法197条が「占有者は,次条から第202条までの規定に従い,占有の訴えを提起することができる」と規定したうえで,民法200条が返還請求,民法198条が妨害排除請求,民法199条が妨害予防請求をそれぞれ規定しています。
 このように,物を占有している人は,「わしが占有している物返せ」等々の権利を有しているわけです。これらを総称して「占有訴権」と言います。
 物権には物権的請求権,占有には占有訴権が認められているという対応関係になります。

補足:訴権
 民法197条に「占有の訴えを提起することができる」と書いてあることから「占有訴権」と命名されています。ここにも「訴権」という言葉が出てきました。先ほど余談でお話しした旧民法の名残りと言えます。ですので,請求権と同じ意味と考えてもらってかまいません。「占有訴権」という名称ですが,意味は「占有請求権」ということです。

14 占有とは
 そもそも「占有」とは何かについても,あらためて触れておきます。「占有」は重要な法律用語ですが,わかりにくいです。難しいと感じる方はある程度読み飛ばしてしまってもかまいません。
 「占有」というのは,占有の意思をもって目的物を所持・支配していること,とされています。民法180条に規定があります。
 民法180条によると,占有が認められるためには,①「占有の意思」と②「目的物の所持」という2つが必要です。しかし,現在,①占有の意思のほうはあまり重視されていません。ですので,とりあえずは②目的物の「所持」=「占有」とイメージしておきましょう。
 所持というのは,物理的に手元に置いている場合に限られません。常識的に考えて支配下にあると言えるならよいとされています。例えば,自宅に置いてある荷物については,たとえ一時的に自宅を離れていても所持していると言えます。

15 占有と所有の違い
 所有と占有の違いについても,もう一度確認しておきます。
 「所有権」は,自由に物を使用収益処分することができるという「権利」です。権利ですので,観念的なもの,つまり目に見えないものです。
 これに対し,「占有」は,所有権があるかどうかとは関係がなく,現実に目的物を所持しているという「事実」状態に着目しています。
 このように,所有権は「誰の持ち物か」「誰が正当な権利を有していて自由に使用収益処分できるのか」という目に見えない「権利」を問題にするのに対し,占有は「誰が所持しているのか」「誰が現実に支配しているのか」という「事実」を問題とします。
 普通は所有者が占有もしているのが自然ですが,所有者が誰かに貸したり預けたり盗まれたりしていたら,所有者以外の人が占有していることになります。

補足:直接占有と間接占有
 ややこしいのは,一物一権主義により誰か一人しか所有できないのと異なり,占有は複数の人に認められることがあるということです。
 つまり,Aが目的物をBに貸したという場合,目的物を現に借りて手元に置いているBが占有していることは間違いありませんが,貸したAも借りているBを通じての占有が認められるのです。Bの占有を「直接占有」,Aの占有を「間接占有」と言います。
 ややこしくなるので今はふーんというくらいでいいでしょう。

16 占有さえしていれば返還請求等の占有訴権が認められる
 占有というのは目的物を所持しているという事実状態のことですので,所有権があるかどうか,正当な権利があるかどうかにかかわらず,目的物を所持さえしていれば占有していることになります。
 そして,占有していれば占有訴権が認められますので,結局,所持しているだけで例えば民法200条により返還請求が認められるということになります。

17 なぜ占有しているだけで占有訴権が認められるのか
 先ほどお話ししたように,「占有」は,所有権といった正当な権利とは関係なく所持しているだけで成立します。したがって,占有している人は,もしかしたら所有権等の権限をまったく有していない人,たとえば盗んだ人だったり拾った人だったりすることもありえます。
 そうすると,民法は,盗んだ人や拾った人にまで「占有訴権」として返還請求等の権利を認めているわけです。
 そんなことでいいんでしょうか?正当な権利がない人に占有訴権という権利を認めるのはおかしな感じがしませんか?そもそも「占有訴権」という権利はなぜ認められているのでしょう?物権的請求権だけで十分ではないでしょうか?私も初めて学習したときはとても不思議でよくわかりませんでした。

18 所有権を証明できないと物権的請求権は行使できない
 次の事例で考えてみましょう。
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<事例3>
 Aは,ある土地を所有しかつ占有していた。しかし,Bがその土地に勝手に家を建てようとしてきた。
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 Aは土地の所有権を有していますので,Bに対し物権的請求権を行使してBの行動を阻止することができます。
 ただし,問題が一つあります。Aは民事訴訟において自分の所有権を証明しなければなりません。
 通常は,土地所有権については,登記等で証明することができます。ところが,まだ登記名義を移していなかったり,その他様々な理由で所有権を証明することが大変なこともあるのです。

19 臨時応急の手段としての占有に基づく返還請求
 そのような場合に,とりあえず実際に占有しているAを保護する手段として,占有に基づく返還請求等が認められています。占有を証明することは,Aが実際にその土地に住んでいるといったことでできるでしょうから簡便です。
 このように,占有訴権は,所有権の証明が大変な場合に臨時応急の手段として認められていると言えます。

20 盗んだ人の占有訴権を正当化することは無理
 しかし,この説明でも,盗んだ人や拾った人にまで占有訴権が認められてしまうことの説明にはなっていませんよね。<事例3>はAが所有かつ占有しているという場合でした。Aが所有していなければ,所有権の証明が難しい場合という前提があてはまりませんので,臨時応急の手段を認める必要はありません。
 ・・・結局,盗んだ人にまで占有訴権が認められてしまうことの合理的な説明はつかないんじゃないかと言われているようです。

余談:民法202条2項
 民法202条2項によると,占有に基づく返還請求の訴訟を起こした場合,本権すなわち所有権がどうなっているかを考慮してはいけないとされています。つまり,盗人が正当な所有者に対し「わしが占有していた物を返せ」と訴えてきたときに,所有者が「いやいやわしは所有者やし」と反論することはダメだとはっきり規定されているのです。そうしないと,臨時応急の手段としての占有訴権の意味が薄れてしまうということのようです。
 しかし,そうすると,裁判は盗人が勝って正当な所有者が負けるということになってしまいますが,そんなことでいいんでしょうか?
 判例(最高裁昭和40年3月4日)は,占有に基づく返還請求訴訟に対し,所有権者が所有権に基づく反訴を提起することを認めています。「反訴」は民事訴訟法で学習しますが,つまり,「わしが占有していた物返せ」に対し「わしが正当な所有者やから返さへんわ」と反論することは民法202条2項で許されませんが,「わしが占有していた物返せ」に対し「おまえこそわしの所有物返せ」と反訴することは許されるということです。

21 物権的請求権は勿論解釈により認められる
 物権的請求権に話をもどしましょう。
 占有しているだけでも民法197条以下の権利が認められるということは,当然,正当に所有している人にも同じ内容の権利が認められるはずです。
 よって,占有訴権が認められていることから,物権的請求権は当然に認められると解釈されています。こういう解釈を「勿論解釈」と言いましたよね。覚えていますか。

補足:なぜ物権的請求権には条文がないのか
 山下先生らの『法解釈入門』を読んでいたら,所有権について物権的請求権が認められることは民法206条から当然のことだが,占有について認められるかどうかははっきりしないので民法197条以下で規定したのだという説明がされていました。
 つまり,所有権は,目的物を支配する権利であり,このことは民法206条からわかります。そして,支配が侵害されたら物権的請求権を行使できることは当然のことですので自明と言えます。あえて物権的請求権を規定するまでもありません。
 ところが,占有はどういう権利かはっきりしないところがあります。単に所持しているだけの人にどんな権利が認められるのかは,とても自明とは言えませんので,占有訴権を認めるなら条文にしっかりと規定しておかないといけません。そういうわけで,わざわざ民法197条以下で規定したということです。

補足:民法202条
 なお,条文上の根拠としては,民法202条1項もあります。
 この条文は占有訴権に関する条文ですが,「本権の訴え」という文言が出てきます。「本権の訴え」というのは先ほども出てきた「本権訴権」と同じで,つまりは物権的請求権のことです。つまり,この条文は,占有に基づく請求と物権的請求権の関係を規定しているのです。
 そうすると,物権的請求権そのものをずばり規定している条文はないけれど,物権的請求権が認められることを前提にした条文があると言えます。
 したがって,民法202条が「本権の訴え」に触れているということから,民法には物権的請求権を直接規定した条文はないけれども,物権的請求権が存在することを当然の前提にしていると言えるのです。

22 返還請求権
 物権的請求権が認められる根拠はこれくらいにして,<事例2>にもどりましょう。<事例2>では,3つある物権的請求権のうちの「返還請求権」が問題となります。
 「返還請求権」というのは,簡単に言えば「わしの所有物を返せ」ということですが,厳密には「所有権者が,目的物の占有を妨害されている場合に,目的物の返還を求める権利」のことです。これも丸暗記しましょう。
 法的に返還を求めることができるということの意味は,裁判を起こして判決をもらい強制的に返還を実現することができるということです。
 <事例2>においては,「Xが所有している自転車を返還せよ」という請求権になります。

23 返還請求権の要件を覚えよう
 返還請求権の要件を押さえましょう。要件効果をマスターするのが法学学習ですよね。
 普通は,条文の文言を解釈して要件を導くのですが,物権的請求権については条文がありませんので,すべて解釈になります。
 返還請求権は,所有権を有しているにもかかわらず,他人が不当にも占有して所有者の自由な使用収益処分を侵害している場合に,「わしの所有物を返せ」と言えるという権利でした。そうすると,要件は,次のようなものになるでしょう。
 ①目的物を所有していること
 ②相手方が正当な権原なく目的物を占有していること

24 返還請求権に相手方の故意過失は必要でない
 このうち①の要件はとくに問題ないでしょう。②の要件について少し補足します。
 ②の要件の中には,相手方の故意や過失は含まれていません。返還請求権は,支配が侵害されたというだけで発生する権利だからです。不法行為に基づく損害賠償請求と異なるところです。それぞれの要件効果を比較しつつ学習するのも有効な方法です。さらに,なぜ要件効果が異なるのかまでマスターするとばっちりです。

25 借りている場合
 では,返還請求権の要件をマスターしたか,次の<事例4>で試してみましょう。
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<事例4>
 Xは,Yに対し,自身が所有する土地を1年という約束で貸した。そこで,Yは,その土地を駐車場として利用していた。ところが,Xは,まだ半年しか経っていないのに,突如としてYにその土地の返還を求めてきた。Xの返還請求は認められるか。
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 この<事例4>では,Xが土地を所有しているので①は満たしますし,②もYが土地を占有しているというところは満たします。しかし,YはXから正当に借りていますし,まだ期限である1年後も来ていませんので,Yの占有には権原があります。したがって,②の要件を満たさず,返還請求権は成立しません。
 なお,もしXがどうしても土地を返して欲しいのなら,Yの権原を失わせることを考える必要があります。どうやって失わせたらいいのか?どんな場合に失うのか?それは別の話になりますので,詳しくはまたいずれ触れます。

補足:貸借とは
 「貸した」「借りた」のことを,「貸借」と言います。「たいしゃく」と読みます。タダで借りる場合が「使用貸借」,賃料を払って借りる場合が「賃貸借」です。使用貸借は民法593条,賃貸借は民法601条で規定されています。このあたりの詳細も後回しにします。

余談:要件事実論
 民事訴訟においては,返還請求する側が,①目的物を所有していることと,②相手方が目的物を占有していることを主張し,相手方において,③占有はしているが正当な権原に基づくものだと反論していく,というように考えられています。
 というのも,正当な権原が「ない」ことを主張立証するのは難しく,「ない」ことを証明するのは悪魔の証明と言われているように事実上不可能とさえ言えます。むしろ,相手方のほうで,具体的にどんな権原が「ある」かを主張立証させることが公平です。なので,返還請求権の要件①②が,民事訴訟では上述のように①②③に分解されているのです。
 このように,民法において要件がどうなっているかとは別に,民事訴訟において,その要件をどちらが主張立証すべきかという問題があります。詳しくは,民事訴訟法や「要件事実論」で学習します。今は読み流しておいて大丈夫です。

26 返還請求権の効果
 要件を押さえた後は効果ですが,返還請求権の効果についてはもうおわかりかと思います。
 返還請求権は文字通り「返還せよ」「わしの所有物を返せ」という権利ですので,所有者は,目的物の占有を自身に移転せよと求めることができます。
 ちなみに,不動産であれば明渡請求,動産であれば引渡請求と言います。

27 <事例2>の結論
 以上からすると,<事例2>は返還請求権の要件を満たしますので,Xは,Yに対し,所有権に基づき自転車の返還請求を行うことができる,という結論になります。

28 物権的請求権と不法行為に基づく損害賠償請求の関係
 なお,<事例2>では不法行為に基づく損害賠償請求もできるということでしたよね。そうすると,自転車の返還請求と不法行為に基づく損害賠償請求権の関係はどうなるでしょうか。
 それぞれの効果は「返せ」というものと「金で償え」というものであり,まったく別のものです。制度の趣旨・目的も異なります。どう異なるかは大丈夫ですよね?
 つまり,それぞれの制度は別個独立のものと言えます。ですので,それぞれの要件を満たす限り,どちらでも自由に行使できます。どちらかだけという関係にはありません。二つの請求権は併存しますので,<事例2>でも,Xは自由に選んで行使できます。

補足:返還を求めつつ損害賠償も請求する場合
 場合によっては,Xは,物権的請求権と不法行為に基づく損害賠償請求権の両方を行使でき場合もあるでしょう。
 たとえば,物権的請求権により自転車を返してもらったとしても,返してもらうまでの間に損害が発生しているかもしれません。ただ,自転車を返してもらいつつ,時価相当額を支払ってもらうというのは,二重取りになるのでできません。
 したがって,「わしの所有物を返せ+返すまでの損害を賠償しろ」と主張するか,「もう返さなくてええから時価相当額の損害を賠償しろ」と主張するかを選ぶことができるということになります。

29 練習問題
 最後に,練習問題を1つだけ出しておきます。よろしければ,次回までに検討しておいてください。
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<事例5>
  Xが駅前に停めていたX所有の自転車(中古なので10000円相当)を,Yが勝手に乗って持ち去った。そのため,Xはしばらくの間バスで移動せざるを得ず,余計なバス代5000円を負担するはめになった。XはYに対し,いかなる請求ができるか。
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30 まとめ
 占有訴権といった細かい話も出てきましたが,今回のメインは「わしの所有物を返せ」という制度です。物権的請求権の定義は丸暗記しましょう。根拠は長々とお話ししましたが,皆さんにおいて整理しておいてください。要件と効果もマスターして,事例問題が解けるようにしておきましょう。
 なお,この先,「いったい誰が所有者なのか?」という事例問題がたくさん出てくると思います。誰が所有者なのかが確定すれば,物権的請求権により,その所有者は「わしの所有物を返せ」「わしの自由な使用収益処分を妨害するな」といったことが言えるわけです。
 一物一権主義により「みんなが所有者!」ということはありえず,誰か一人だけが所有者となり,強力な立場に立つことができます。