民法初伝十一日目:滅失した場合-危険負担と原始的不能


1 少しでも自分を高めよう
 民法初伝もついに11日目,民法初伝最終回を迎えました。これまでの知識は着実に積み上がっているでしょうか。
 法学も人生も日々の積み重ねがすべてです。
 ヘミングウェイは,「本当の気高さは,過去の自分よりも優れていることだ」と言ったそうです。日々積み重ね,過去の自分を乗り越えていきましょう。

2 目的物が滅失してしまったぞどうなるんだというのが今回の内容
 今回は,目的物が滅失してしまって引き渡しが不可能になった場合についてです。キズどころか目的物そのものがなくなってしまったという場合です。

3 どの時点で滅失したかが重要
 この問題は,どの時点で目的物が滅失してしまったかで話が変わります。混乱しがちですので,どの時点かを十分に意識しましょう。
 ①そもそも売買契約を締結する前から実は滅失していた場合,②売買契約を締結してから引き渡すまでの間に滅失してしまった場合,③売買契約を締結して引き渡し等もすべて完了してから滅失した場合の3つが考えられます。

4 引き渡し後に滅失した場合
 時系列で言えば最後になりますが,まずは③から検討します。
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<事例1>
 Xは,Yが所有する建物を買って自分が住もうと思い,Yとの間で建物を1000万円で買う契約を締結した。Xは代金1000万円を支払い,Yから建物の引き渡しを受けた。ところが,その後,建物は落雷で火がついて全焼してしまった。
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 せっかく1000万円も払って手に入れた建物が全焼してしまいました。Xにはまことにお気の毒なんですが,天災,不可抗力によって生じたことですので仕方ありません。この<事例1>では,Xが損をする,難しく言えば建物を失うというリスクを負担するということになります。

補足:保険
 不可抗力によって目的物が滅失してしまうような事態に対しては,保険で備えておくという対抗手段があります。これが常識的な対応です。
 ただし,保険は民法の範囲外です。保険のことは除外して考えましょう。

5 締結後引渡前に目的物が滅失した場合
 次に,売買契約を締結したがまだ引き渡しを受ける前に滅失した場合,すなわち②に進みます。
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<事例2>
 Xは,Yが所有する建物を買って自分が住もうと思い,Yとの間で建物を1000万円で買う契約を締結した。ところが,契約締結後,Xが建物の引き渡しを受ける前に,建物は落雷で火がついて全焼してしまった。
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 この場合も,<事例1>と同じく,Xが損するんでしょうか。

補足:不動産売買は時間がかかる
 <事例2>のように,契約締結してから引き渡すまでの間に滅失するようなことってあるのだろうかと思われたかもしれません。
 たとえば,コンビニでジュースを買うときは,レジにジュースを持って行き,包んでもらい,お金を支払って終了です。売買契約が成立してすぐ債務が履行されて終了します。
 ところが,不動産の売買となると,不動産は非常に高価なものですし,時間をかけて慎重に行われます。売買契約を締結する前の段階から,現地に行ったり交渉したり調査したりします。売買契約が成立してから後も,不動産の引き渡し,代金の支払い,登記の移転が必要ですので,やはり時間がかかります。もちろん,決済日を定めてその日にいっぺんに全部やってしまうことも可能ですけど,順番に一つ一つやっていくこともあります。
 このように,不動産の売買は時間がかかることから,<事例2>のような不測の事態が起きることもあるのです。

余談:ロダンの売買契約
 テレビドラマ『黒革の手帳』に,クラブ「ルダン」を元子が長谷川から買うシーンがありました。
 これによると,買主が元子,売主が長谷川,目的物たる不動産はルダン,代金は3億円,そのうち手付金は5000万円,残額2億5000万円は半月以内,もし買主の都合で契約を破棄するなら違約金として買主は1億円を支払う+クラブ「カルネ」を譲渡する,というものでした。
 売買契約は成立していますが,売主も引き渡すための準備が必要ですのですぐにというわけにはいきませんし,買主も残りの資金を集めるための時間が必要です。したがって,半月以内に残額2億5000万円を支払うと同時に,ルダンを引き渡し,登記も移転するということになったようです。
 なお,ここに出てきた手付や違約金については省略しますので各自学習してください。

6 法的に分析する
 分析してみましょう。
 XY間で売買契約は成立していますので,Xは1000万円の代金支払債務を,Yは建物引渡・登記移転義務を負っています。しかし,まだどの債務も履行されていません。
 そして,建物は全焼してこの世から存在しなくなっています。Yが建物を引渡すことはもはや現実的に不可能ですので,建物引渡債務は履行不能であり,Yの目的物引渡債務は消滅しています。XはもはやYに「建物を引き渡せ」とは言えません。不可能なことを要求することはできません。

補足:不特定物売買の場合
 この<事例2>は,目的物が建物ですので,特定物売買です。
 もし,不特定物売買だったらどうなるでしょう。前回もお話ししましたが,もう一度確認しておきます。たとえば,建物ではなくアサヒスーパードライ350ml1ダースの売買契約で考えてみましょう。
 このような不特定物については,売買契約締結前に滅失したということはありえないことになります。この世からアサヒスーパードライ350mlがすべて完全に消滅するということは,論理的にはありえても,また将来的にはわかりませんけど,今のところは考えられません。
 その結果,売主は,無限の調達責任を負います。
 ただ,いつまでも無限の調達責任を負わされるのは大変だろうということで,民法第401条2項により,「特定」がなされればその物が目的物となります。
 よって,特定されるまでは,売主はアサヒスーパードライ350ml1ダースをどこかから調達してくる義務があります。そうしないと債務不履行責任を問われます。

7 落雷ではなく失火だった場合
 <事例2>は落雷という天変地異,不可抗力によって建物が消滅してしまっています。誰が悪いというわけでもありません。
 しかし,もし,Yの管理がまずくて火の不始末で全焼してしまったというのであればどうなるでしょうか。
 これはすでに学習していますよね。Yは,Xに引き渡すまでは民法第400条により善良なる管理者の注意で建物を管理する責任がありました。にもかかわらず,管理不行き届きで失火してしまったということになりますので,Yには善管注意義務違反があります。建物の引き渡しが不可能になったことについてYに帰責事由があることから,Xは,Yの債務不履行に基づいて民法第543条により売買契約を解除して代金支払を免れるか,民法第415条により損害賠償を請求することができます。

8 不可抗力なのでYの責任を問えない
 しかし,<事例2>は不可抗力による建物焼失ですので,Yには過失はありません。Yがいくら善良なる管理者としての注意義務を尽くしていても,落雷はどうしようもない事態です。
 そうすると,Yに過失がないので,Xは解除して代金返還請求することも損害賠償請求をすることもできません。

補足:改正民法における解除
 なお,改正民法では民法第542条1項1号で,Yに帰責事由がなくとも解除できるようになりました。解除の話は,今回,後でまた出てきます。

9 Xの丸損になりそう
 <事例2>におけるXは,売買契約を締結したことで代金1000万円の支払債務は負いつつも,建物は受け取れない,売買契約を解除して支払いを免れることもできない,Yの損害賠償責任を問うこともできない,ということになります。Xは1000万円を丸々損することになります。
 他方で,Yは,建物を失いましたが,1000万円をゲットすることができます。ということは,プラスマイナスゼロです。Yは助かりました。
 ・・・しかし,はたしてこの結論でよいのでしょうか?

10 問題の所在
 Yの建物引渡義務が消滅したのであれば,それに連動して,Xの代金支払債務も消滅すると考える余地はないのでしょうか。これが今回の問題の所在です。この問題の所在を理解できず混乱する方が多いので,要注意です。
 つまり,<事例1>においては債務の履行がすべて完了しているのでともかく,<事例2>のようにまだ完了していない段階では,一方の債務の消滅が連動すると考える余地がありそうです。もし連動して消滅すると考えることができれば,Xは代金1000万円を支払わずともよくなります。裏返して言うと,Yが建物を失うという損失を負担するということになります。
 はたして,XとYのどちらが損を負担しないといけないでしょうか。落雷というまことにやむを得ない事由,つまり不可抗力によって生じた損失はXとYのどちらが負担しなければならないのか,どういうルールをもうけて調整するのかという問題です。

補足:債務を消滅させる方法
 いったん売買契約によって代金支払債務が発生した以上,その債務を消滅させたければ,代金を支払うか,あるいは売買契約を解除するといった方法をとる必要があります。つまり,なんらかのアクションを起こさなければなりません。
 しかし,そういった方法をとらなくとも,自動的に,一方の債務が不可抗力で消滅したのだから他方の債務も連動して消滅するのではないか,という問題です。

補足:存続上の牽連関係
 一方の債務が消滅した場合に他方の債務も連動して消滅すると考えることを,「存続上の牽連関係」を認めるという言い方をします。連動せず消滅しないと考える場合は,存続上の牽連関係を認めないことになります。

11 危険負担
 そもそも,売買契約を締結する前に雷が落ちていたら,所有者であるYが建物を失うという損害を負担するのは当然です。お気の毒ですが仕方ありません。
 また,売買契約がすべて履行されてしまった後に,つまりXに建物が引き渡された後に雷が落ちていたら,新たな所有者であるXが建物を失うという損害を負担するのも当然でしょう。<事例1>です。
 では,契約締結後まだ履行がすべて終わったわけではないという段階では,どちらが損害を負担するのでしょうか。落雷という不可抗力による滅失のリスクをどちらが負担するのか,言い換えれば,いつリスクが売主から買主に移転するのかという問題とも言えます。
 このように,リスクすなわち危険をどちらが負担するのかという問題ですので,この問題は「危険負担」と呼ばれています。

12 誰が所有権を有していたのか
 先ほど申し上げたように,契約前なら元々の所有者Yが,履行完了後なら新所有者Xが負担するわけですから,所有権が移転した時点でリスクも移転すると考えればいいようにも思えます。
 そして,所有権が移転する時点というのは,以前にお話ししたように,売買契約が成立した時点とするのが通説です。
 そうすると,Yは「売買契約はもう成立してて,その時点で所有権はXに移転してるでしょ。じゃあ落雷のときに所有者になっていたXがリスクを負うべきだよね」と主張することが考えられます。この考え方だと,連動してXの代金支払債務が消滅するということはなく,Xが1000万円を損することになります。

13 誰が現実に管理していたか
 しかし,Xはまだ建物の引き渡しを受けたわけではなく,引き渡しを受けるまではYが管理していました。
 Xとしては「いくら売買契約が成立してるからといって,まだ引き渡しを受けてないし。そりゃ自分が引き渡しを受けた後はあきらめるけど。でも,Yが管理していた間の落雷でしょ?じゃあYがリスクを負うべきじゃないの?」と言いたいんじゃないでしょうか。この考え方では,連動してXの代金支払債務も消滅することになります。Yが,建物を失った損失を負担することになります。

14 民法第534条1項が規定している
 いずれの考え方も成立しそうです。
 実は,この問題に関しては,民法に明文の規定があります。民法第534条1項です。
 「特定物に関する物権の設定又は移転を双務契約の目的とした場合」に,「その物が債務者の責めに帰することができない事由によって滅失し」た場合には,「その滅失」は「債権者の負担に帰する」とされています。
 わかりやすいとは言えない条文のように思いますが,私も最初に読んだときは頓珍漢でしたが,順番に解読していきましょう。

15 民法第534条1項の意味
 まず「特定物に関する物権の設定又は移転を双務契約の目的とした場合」というのは,要するに特定物の売買契約をイメージすればいいでしょう。
 次に「その物が債務者の責めに帰することができない事由によって滅失し」た場合というのは,「債務者」が誰なのか混乱しそうですが,というのも売買契約には目的物引渡債務や代金支払債務等のいろんな債務が登場してくるからですが,不可能になってしまった債務を基準に考えます。したがって,「債務者」とは目的物引渡債務を負っている債務者,すなわち売主のことです。売主に帰責事由がなく滅失した場合,つまり天災によって滅失してしまった場合をイメージしましょう。
 そして,そのような場合には,「債権者の負担に帰す」とあります。この場合の債権者というのは,不可能になってしまった目的物引渡債務から見ての債権者のことです。つまり買主のことです。「債権者の負担」になるということは,結論として,リスクは買主が負いなさいという意味になります。

16 特定物売買における危険負担は債権者主義
 このように,民法第534条1項により,特定物売買においてはリスクは債権者が負うとされており,これを「債権者主義」と言います。
 <事例2>では1000万円の代金支払債務が連動して消滅するというようなことはなく,Xは代金を支払わなければなりません。建物も当然,滅失してしまっているので手に入りません。Xは大損することになりますが,他方でYは助かるわけです。

余談:債権者優遇主義ではない
 債権者主義などというと債権者が優遇されるようなイメージをもつかもしれませんが,まったく違いますので気をつけましょう。債権者がリスクを負うという考え方です。できれば負いたくないんですが。

17 債権者主義への批判
 このように,民法がはっきりと債権者主義を規定しているのに対し,学説からは強い批判がありました。
 債権者主義というのは,結局のところ,売買契約の時点でリスクが売主から買主に移るということです。しかし,引渡しも受けていない段階で移るというのはやっぱり取引の通常の意思に反するだろう,先ほどのXの言い分のほうが常識的だ,というのです。

18 特定物売買以外なら債務者主義
 また,民法第536条1項によると,特定物売買以外は「債務者は、反対給付を受ける権利を有しない」となっています。
 「債務者」は,先ほど申し上げたように,不可能になった債務を負っている側です。
 「反対給付」というのは,不可能になった債権に対応する反対側の債権のことです。
 したがって,「債務者は,反対給付を受ける権利を有しない」というのは,反対側の債権を有しなくなるということです。つまり連動して反対側の債権も自動的に消滅することになります。結果的に,リスクを債務者が負うこととなりますので,これを「債務者主義」と言います。

補足:<事例2>に民法第536条1項が適用されるとすると
 民法第536条1項がわかりにくければ,<事例2>に当てはめてみましょう。<事例2>は特定物売買なので違うんですが,「債務者」「反対給付」のイメージはつかめると思います。
 「債務者」とは売主のことで,「反対給付」とは代金債権のことになります。したがって,売主であるYはXに対する代金債権を有しなくなり,言い換えれば建物引渡請求権が不可抗力で消滅したことに連動して代金債権も消滅します。Yは代金をもらえず建物を失うわけですので,Yがリスクを負います。

19 債務者主義が原則
 民法第536条1項により,その他の場合については債務者主義がとられているのですが,そうすると,民法の考え方は,原則として債務者主義であり,特定物の売買契約のような場合だけを例外的に債権者主義にした,ということになります。
 そうであれば,例外扱いされるだけの合理的な根拠が必要なように思われます。しかしながら,はっきりした根拠が見当たらないとされています。

補足:利益や所有権が移るからリスクも移る?
 債権者主義の根拠として,「売買契約締結後に目的物の価格が上がるかもしれない。<事例2>では1000万円の建物が1100万円とかに上がるかもしれない。そういうメリットをXは享受できるのだから,リスクも負担すべきだ」と言われることがあります。「利益あるところに危険あり」ということです。しかし,これに対しては,「1000万円の建物が900万円とかに下がるリスクを負担するのはともかく,滅失してしまうまでのリスクを負わされるのはおかしくないか」という反論があります。
 また,別の根拠として,「売買契約締結時に所有権が移転する。<事例2>では滅失の時点ですでに所有者がXとなっている。所有権者である以上は,リスクも負担すべきだ」というのもあります。「所有あるところに危険あり」ということです。しかし,売買契約締結時に所有権が移るというのは通説ではありますが,そうではないという学説も有力です。

20 債権者主義の修正
 このように,債権者主義には合理的な根拠がないとされていました。その結果,民法第534条1項はあまりよろしくない条文という扱いがなされ,できるだけ解釈によって民法第534条1項の適用を制限しようとしてきました。
 しかし,明文ではっきり債権者主義と規定されているものを,なかなか解釈でどうにかこうにかするのは難しいという面もありました。

補足:民法第534条1項は任意規定
 民法第534条1項はいわゆる「任意規定」であり,当事者間で別の内容を決めておけばそちらが優先します。そこで,一つの方法として,売買契約を締結する際に「買主が滅失の危険を負担するのは引き渡しを受けた時点からである」と特約で決めておくということが考えられます。

21 危険負担の改正
 そういう状況だったのですが,このたびの民法改正により,この債権者主義はがっつり改正されました。
 改正後は,現行民法第534条・第535条は削除されてなくなり,民法第536条1項のみとなります。
 しかも,民法536条1項は,連動して消滅するかしないかという規定の仕方から,「債権者は,反対給付の履行を拒むことができる」という規定に改められることになりました。
 「反対給付」というのは,履行不能となった債務からみて反対ということですので,<事例2>で言えばXの代金支払債務のことです。つまり,改正民法では,反対債務が消滅するというのではなく,反対債務の履行を迫られても拒むことができるという内容に変わったのです。

22 危険負担の改正には解除の改正が関連している
 債権者主義が改められただけでなく,「履行を拒むことができる」というように改正されたのはなぜでしょうか。これには,解除のところが改正されたことが影響しています。

23 現行民法では帰責事由がある場合しか解除できなかった
 現行民法では,債務者に帰責事由がある場合だけしか解除できません。民法第543条です。
 そうすると,目的物が滅失した場合について,①売主に帰責事由がある→買主は解除することで代金支払債務を消滅させることができる,②売主に帰責事由がない→解除できない→危険負担の規定が適用され代金支払債務は債権者主義により消滅しない,という整理になります。
 わかりにくい方は,<事例2>に置き換えて考えてみてください。

24 改正民法では帰責事由がなくても解除できる
 これに対し,改正民法では,帰責事由にかかわらず解除できるようになりました。改正民法第541条です。そのうえで,民法第534条1項を改正して債権者主義から債務者主義に改めて反対債務が消滅するとすると,少しおかしなことになります。
 先ほどの②が,売主に帰責事由がなくとも解除できる→ところが解除しなくても危険負担の規定が債務者主義になったので代金支払債務は消滅する→わざわざ解除しなくていい,ということになります。解除できるという意味がなくなってしまいます。
 そこで,危険負担の規定を「履行を拒むことができる」と改めました。その結果,②は売主に帰責事由がなくとも解除できる→解除しない場合は代金支払債務は消滅しないが履行を求められても拒否できる,ということになりました。代金支払債務を消滅させたければ解除すればよいのです。

25 引き渡し時に危険が移転することが明示された
 危険負担の規定が改正されるだけでなく,売買契約の規定の中に,民法第567条が新設されました。
 改正民法第567条1項は,「引渡しがあった時以後にその目的物が当事者双方の責めに帰することができない事由によって」滅失ないし損傷したときは,買主はもはや売主に対し,追完請求等ができないし,代金の支払いも拒むことができないという規定です。
 「追完請求」というのは,後から追って完全なものにせよと請求することで,つまりは完全履行請求のことです。
 引き渡しがあった後は追完請求ができないということは,「引き渡しがあった時」にリスクが売主から買主に移転するということです。売買契約時ではなく引き渡し時を基準にするということが明らかになりました。
 なお,引き渡しを受けるまでは民法第536条1項の問題になります。

26 <事例2>のまとめ(現行民法)
 現行民法では,<事例2>は,Yには帰責事由がないので,民法第543条ただし書きにより,Xは解除することができません。
 この場合は危険負担の民法第534条1項が適用されることになります。債権者主義です。結論として,Xの代金支払債務は消滅せず,Xは,Yに1000万円を支払う必要があります。特約があれば別ですけども。

27 <事例2>のまとめ(改正民法)
 改正民法では,Xは建物の引き渡しをまだ受けていませんので,改正民法第567条1項の適用はありません。
 そうすると,改正民法第536条1項の問題となります。Xは,Yから代金の支払いを求められたとしても,この改正民法第536条1項で拒否することができます。
 また,Yの建物引渡債務は履行不能になっています。Yには帰責事由がありませんが,帰責事由がなくとも改正民法第542条1項1号により解除することができます。Xは売買契約を解除し,1000万円の支払いを免れることができます。

28 契約前に滅失していた場合の事例問題
 さて,頭を切り替えましょう。
 次は,そもそも売買契約を締結する前から実は滅失していたという場合です。①になります。
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<事例3>
 Xは,Yが所有する建物を買って自分が住もうと思い,Yとの間で建物を1000万円で買う契約を締結した。ところが,後になって,実は契約を締結する前の日に建物は落雷で火がついて全焼してしまっていたことが判明した。
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 全焼したことが判明していたら契約を締結しなかったことでしょう。そうしていればややこしい問題は一切発生しないんですが,なんらかの理由で判明しないまま契約を締結してしまった場合にどう考えるかという問題です。

29 原始的不能と後発的不能
 <事例2>と<事例3>の違いは,どの時点で建物が滅失してしまったのかというところです。最初にもお話ししましたが,この違いが大きく影響してきます。
 <事例3>のように契約締結前に履行が不可能になっている場合を「原始的不能」,<事例2>のように契約締結後に履行不能になった場合を「後発的不能」と言います。

30 原始的不能は契約無効
 現行民法では,<事例3>のような原始的不能の場合は,そもそも契約は無効と考えられています。ただし,明文の規定はありません。
 契約の時点で内容が実現不可能な場合,法的な効力を生じさせる意味がありません。たとえば亡くなった人を生き返らせるというような契約です。このような契約は無効です。契約が無効ということは債権債務が発生しません。
 最高裁昭和25年10月26日判決も,「一般に契約の履行がその契約締結の当初において客観的に不能であれば,その契約は不可能な事項を目的とするものとして無効とせられる」としています。
 <事例3>では,契約の時点で不可能になっていますから売買契約は無効であり,Xには代金支払義務はないということになります。なお,建物滅失の危険は当然Yが負担します。

補足:契約の成立と無効
 契約が成立するかどうかという段階と,成立したとしても有効か無効かという段階の二段階があるわけです。
 他にも,たとえば契約を締結した時点で意思能力がなかったという場合,契約は成立しても無効ということになります。改正民法第3条の2です。

31 原始的不能か後発的不能かは偶然
 しかし,以前から,原始的不能であっても契約を無効とすることはないと批判する考え方が有力でした。
 というのも,契約締結の1秒後に滅失していたら,後発的不能ということで契約は有効となります。先ほどお話しした<事例2>です。現行民法では帰責事由があれば解除や損害賠償請求,なければ危険負担の問題になります。
 他方で,契約締結の1秒前に履行不能になっていたら原始的不能で契約はそもそも無効ということになります。<事例3>です。
 そうすると,単なる偶然の事情によって適用されるルールが大きく変わってしまいます。これはちょっと不合理だろう,原始的不能の場合も契約は有効として処理すべきではないか,ということです。

32 原始的不能が無効とすることのメリット・デメリット
 原始的不能の場合に契約が無効だとすると,先ほどお話ししたように債権債務が発生しません。あえて解除して契約を破棄しなくても,自己の債務を免れるというメリットはあります。なので,<事例3>でも,Xは1000万円の支払いを免れるために解除する必要はありませんでした。
 しかし,無効となってしまうと,債権債務が発生しないということにとどまり,それ以上に損害賠償請求をすることができなくなってしまいます。次の事例で検討しましょう。

33 Yに帰責事由があっての原始的不能の場合
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<事例4>
 Xは,Yが所有する建物を買って自分が住もうと思い,Yとの間で建物を1000万円で買う契約を締結した。ところが,後になって,実は契約を締結する前の日に,建物はYの管理不行き届きによる失火で全焼してしまっていたことが判明した。
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 <事例3>との違いは,全焼の原因がYの失火であるという点です。建物引渡債務が履行不能になったのは,不可抗力によるのではなく,Yに帰責事由があります。

34 手間と費用という損害
 契約が無効になってしまうと,契約締結までに投じた手間と費用が無駄になってしまいます。Xにはいらない手間と費用をかけたという損害が発生しています。<事例3>はともかく,<事例4>はYに非がありますので,XはYに損害賠償請求したいでしょう。
 しかし,契約がそもそも無効だったとなると,最初からYの債務は発生していなかったということになり,Yの債務不履行責任を問う余地がなくなります。だって,売買契約が無効である以上,履行すべき債務がそもそもないのですから,「債務不履行」という事態はありえないのです。
 このように,原始的不能の場合に契約が無効だとすると,債務不履行に基づく損害賠償請求ができないという結論になります。
 ただ,これはちょっとおかしいということで,従来でもこの結論を修正しようという努力がありました。

35 契約締結上の過失
 判例は,「契約締結上の過失」という理論を編み出しました。
 本来であれば,契約が有効に成立してはじめて債権債務が発生し,発生した債務について債務不履行責任が問題となります。そうすると,契約締結前の段階で相手方に非があって損害を受けたとしても,責任を追及することはできなさそうです。
 しかし,契約が成立する前の段階,たとえば交渉中の段階においても,当事者二人はまったく無関係というわけではありません。お互い誠実に交渉すべき立場にあり,誠実に交渉すべき義務を課されていると言えます。よって,そのような義務に違反した場合には,信頼利益の損害賠償責任を負うとされました。最高裁昭和59年9月18日判決等があります。判例百選Ⅱ(第7版)の3事件です。
 これと同様に,契約は締結したけれども原始的不能により無効だったという<事例4>のような場合でも,相手方に非があって不測の損害を受けた場合には賠償すべきということになります。ですので,<事例4>でもXは契約締結上の過失の理論によって,信頼利益の損害賠償請求ができます。

補足:契約締結上の過失の理論的根拠
 理論上は,契約が締結されなければ債権債務は発生しないのですから,契約締結上の過失の理論によって生じる損害賠償責任は,債務不履行責任ではないことになります。そうすると,その責任の根拠としては,民法第709条の不法行為責任しかありません。
 ①契約関係にある→契約責任(債務不履行責任)が生じる,②契約関係にない→契約責任は生じないが不法行為責任はありうる,という関係にあります。不法行為責任は,交通事故のようにそれまでなんの関係もない人と人との間でも発生するものです。
 しかし,契約締結上の過失に基づく責任は,債務不履行責任ないしそれに類似する責任と考える学説もあります。契約交渉していたり,無効とはいえ契約を締結したような間柄なわけですから,なんの関係もないとは言えないだろう,ということです。
 突き詰めて考えると面白いところですし,難しいところでもあります。たとえば,契約交渉段階では本体の売買契約は締結していなくとも,誠実に交渉する等についての暗黙の合意はしている,よってその合意に違反すれば契約責任が発生する,と考えることもできそうです。判例百選Ⅱ(第7版)の3事件や4事件を参考に考えてみましょう。

36 民法改正により原始的不能でも後発的不能でも契約は有効
 このように,原始的不能だと契約は無効だが,帰責事由がある場合は契約締結上の過失の理論で責任を追及できるというのが現行民法の考え方でした。
 ですが,ここも民法改正により改められました。原始的不能であっても契約は有効とされました。

37 改正民法では原始的不能でも債務不履行に基づく損害賠償請求ができる
 具体的には,改正によって民法第412条の2第2項が新設され,原始的不能の場合でも民法第415条による,つまりは債務不履行に基づく損害賠償請求ができることが明文化されました。
 債務不履行に基づく損害賠償請求ができるということはそもそも債務が発生しているということであり,債務が発生しているということは原始的不能でも契約が有効だということです。

38 <事例3>のまとめ。
 <事例3>については,現行民法では,売買契約が締結されても原始的不能の場合には無効であり,そもそも債権債務は発生しません。ですので,Xは代金支払債務を負うことはありません。
 改正民法では,原始的不能であっても契約は有効です。XYにそれぞれ債権債務が発生します。しかし,Yの建物引渡債務は履行不能です。この場合,Xは代金支払を拒むことができます。民法第536条1項です。また,Xは解除することもできます。

39 <事例4>のまとめ
 <事例4>につきましては,現行民法では,<事例3>と同じく原始的不能であり,Xは代金支払債務を負うことはありません。また,Yには原始的不能になったことについて帰責事由がありますので,契約締結上の過失の理論により,XはYに信頼利益の損害賠償請求ができます。
 改正民法では,<事例3>と同様ですが,さらにYに帰責事由があることから履行不能となったことに対する損害賠償請求をすることができます。民法第412条の2第2項です。

40 まとめ
 前回は,契約締結前から目的物にキズがあった場合について検討しました。
 今回は,目的物が滅失してしまった場合について,どの時点での滅失かで分けて検討してきました。
 だいぶ長くなりましたし,ややこしくて頭がこんがらがりがちです。すでにこんがらがっているかもしれません。私もこのあたりがさっぱりわからず絶望的な気持ちになりました。
 しかし,楽な道などありません。積み重ねていくしかないのです。こつこつと積み重ねていけば必ず理解できます。