民法初伝八日目:債務を履行してくれない(1)強制履行と損害賠償請求

1 今回のテーマは債務不履行
 売買契約の話を続けましょう。前回の学習で売買契約の効果と要件をマスターしました。マスターしましたよね?
 マスターしたことを前提に話は続きます。
 今回のテーマは,売買契約が成立してお互いが債務を負ったにもかかわらずその債務をきちんと履行しなかった場合についてです。
 債務を履行しないことを「債務不履行」と言います。債務不履行に対し,相手方はどう対処するのか,どんな対応手段があるのかという話です。

2 前回の復習
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<事例1>
 Xは,Yとの間で,Xが所有する土地をYに1000万円で売るという不動産売買契約を締結した。
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 前回と同じ<事例1>です。
 復習も兼ねて,前回の知識を確認しておきましょう。
 この<事例1>では,XとYが合意していますので,2人の間で土地の売買契約が成立しています。要件を満たしたことで効果が生じ,Yに土地所有権が移転します。さらに,Yには売買代金支払義務,Xには土地引渡義務と登記移転義務が生じます。
 問題は,この後です。

3 お互いが約束を守れば問題ない
 <事例1>において,Xが土地をYに引き渡して登記名義を移し,YがXに代金1000万円を支払いさえすれば,それで円満に契約は終了します。お互いが約束を守って債務の内容を実現すれば,それで債務は消滅し,めでたしめでたしという結末になり何の問題も生じません。
 大半の売買契約では,売主も買主もしっかり約束を守るはずです。守らないようなケースがばんばん生じるようでは取引が滞り,とうてい経済活動が成り立ちません。「約束は守るべし」であり,債務不履行というのは例外的な事態です。

補足:弁済
 自らが負っている債務の内容を実現することを,「債務の履行」と言います。「弁済」と言うこともあります。弁済はどちらかというと金銭債務について使います。
 実はこの「弁済」についても,何を,いつ,どこで,どのように,誰が,誰にしなければならないのか,といった問題があります。このあたりをはっきりさせておかないと,どんな場合が「債務を履行した」ことになり,逆にどんな場合が「債務を履行していない」つまり債務不履行なのかが判断できません。しかし,やや細かい話でもありますので全部省略し,債務が履行されなかった場合についてだけお話しします。

4 中には約束を破る者もいる
 しかし,残念ながら,世の中には約束を守らない輩がおることもたしかです。わざと守らないような悪質なケースもあれば,なんらかの理由で守れなかったというケースもあるでしょう。
 現実に債務不履行という事態がおこりうる以上,履行してもらえなかった相手方は,なんらかの対応ができる必要があります。何にもできないというのでは,売買契約を締結した意味がなくなってしまいます。
 そこで,民法は,債務不履行に対する対策をいくつか定めています。さすが民法。

5 事例をもとに考えよう
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<事例2>
 Xは,Yとの間で,Yが所有する土地を1000万円で買うという契約を締結した。ところが,Xが約束の日に1000万円を支払ったにもかかわらず,Yは土地の明け渡しも登記の移転もしなかった。Xは,Yに対し,いかなる請求ができるか。
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 いつものセオリーにのっとり,Xの立場に立ってみて,XならどういうことをYに言いたいかを考えてみましょう。
 そうすると,Xは,1000万円もの大金を支払ったのに土地を取得できていないわけですから,とりあえずYに対して「ふざけんな!」「なめとんのか!」と腹を立てるでしょう。そのうえで,たぶんおそらく次の3つのことを言いたいでしょう。
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①「金払うたやろ,わしが買うた土地よこさんかい!」
②「すぐに土地よこさへんからわしに損失が生じたやないか,賠償せえ!」
③「もうおまえは信用できひん,契約破棄や,払った1000万円返せや!」
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補足:土地所有権は移転しているが
 先ほどの復習にも少し出てきましたが,特定物の売買契約においては所有権は契約成立と同時に移転しますので,<事例2>のXは,土地所有権は手に入れています。
 しかし,所有権は観念的なものであり,理屈の上でだけXが所有者になっているという状態です。現実には明け渡してもらっていないので,Xは占有を取得しておらず,したがって自由な使用収益処分ができません。
 さらに,登記の移転がないことで,とてもおそろしいことになりかねない状況です。どんなおそろしいことかは,二重譲渡のところでお話しします。とりあえず,おそろしいことになることだけ覚えておいてください。

補足:同時履行の抗弁権
 素直に考えてみると,<事例2>において,そもそもXだけが先に1000万円を支払っていることがどうだったかという気もします。つまり,決済の日にXが1000万円を支払うのと同時に,Yにもきちんと引き渡してもらい登記も移転してもらえばよかったのです。
 そして,民法には,そういう制度も規定があります。民法533条です。売買契約のようなお互いに債務が発生する契約を「双務契約」と言いますが,双務契約については公平の観点から,相手方から「履行しろ」と要求されても「おまえと同時でないとやだ」と言って拒むことができるのです。これを「同時履行の抗弁権」と言います。
 そうすると,Xは,民法533条を使って拒むことができたのに先に支払ってしまったのか,あるいは,何らかの弱みがあって先払いの約束だったのかもしれません。いつ支払うか,いつ引き渡してもらって登記を移すかは,契約自由の原則により,お互いで合意さえすれば自由に決めることができます。合意がない場合に民法533条が使えます。

6 ①と②と③の関係
 これら①②③のうち,①と③は両立しません。①は契約関係が続いていることを前提にした主張であるのに対し,③は契約関係を終わらせようという主張だからです。土地をもらうわ1000万円も返してもらうわというのは,常識的に考えても二重取りになっておかしいですよね。よって,Xはどちらにするかを選ばないといけません。
 他方で,②は,①③のどちらとも両立します。契約関係が続こうが終わろうが,Yの約束違反によって損害が発生していたら,Xは弁償せよと言えるわけです。
 なお,たとえば建物の売買契約において,引き渡し前に建物を失火で全焼させてしまったというような場合には,「建物よこせ!」と言ってももう不可能ですので,②や③でいくしかありません。改正民法412条の2第1項により,明文化されました。

7 ①「土地よこせ!」
 まずは①「土地よこせ」というのがXの素直な気持ちでしょう。Xは1000万円支払っており自らの代金支払債務はしっかり履行したのですから,「わしは約束守ったんやから,おまえもきっちり守らんかい!」と言いたいでしょう。
 この「土地よこせ!」は,土地の占有を自分に明け渡せという主張と,土地の登記を自分に移転しろという主張の2つで成り立っています。Xは,Yに対して土地明渡請求権と登記移転請求権とを有していますよね。
 問題は,Yが,自発的にこれらの債務を履行していないという点にあります。

8 ①は強制履行
 このように,債務を負う側である債務者が自発的に履行しない場合には,債権を有する者すなわち債権者は,法の手続にのっとって,債権を強制的に実現することができます。これを「強制履行」と言います。
 土地明渡請求権や登記移転請求権は法的な権利であり,法的な権利である以上は任意に履行されない場合には法の手続で強制できます。法の手続で強制的に実現できるというのが法的な権利であることの意味となります。単なる約束や倫理道徳とはここが異なります。

補足:自力救済の禁止
 強制的な権利の実現は,あくまで法の手続にのっとって行う必要があります。法の手続によらないで,つまり自力で実現してしまうことは許されていません。これを「自力救済の禁止」と言います。自力救済が許されるようでは北斗の拳の世界になってしまいます。
 自力救済は違法ですので,もしやってしまうと逆に相手から不法行為に基づく損害賠償請求をされてしまいます。犯罪にもなりえます。現代日本は法治国家ですので,あくまで法にのっとって権利を実現しなければならないのです。

9 強制履行の方法
 強制履行には3種類の方法があります。
 「直接強制」「代替執行」「間接強制」です。民法改正により条文が整理され,改正民法414条1項本文に規定されています。
 規定されているとはいえ,すごく簡単なことしか書いてありません。詳しいことは民事執行法に書いてあります。ですので詳細は民事執行法で学習することになるのですが,民法でも知らないといけない知識なので,少しお話ししておきます。

10 直接強制
 「直接強制」は,国家が債権の内容を「直接」実現するというものです。
 たとえば,金銭を取り立てるために強制的に債務者の財産を競売にかけたり,執行官という執行機関が目的物を引き渡したりします。
 <事例2>における直接強制は,執行官が,Yから不動産の占有を取り上げ,Xに引き渡すことになります。

補足:判決による登記
 登記移転のほうはどうなってるんだと思っておられるでしょうけど,<事例2>では,「Xに登記を移転せよ」という判決が出れば,Xはそれを使って登記を移転することが可能です。「判決による登記」と言います。
 このあたりはもう少し説明が必要かもしれませんが,とりあえず,Yが登記移転義務を履行しようとしないときはXは裁判を起こして判決をもらうことで登記を取得できること,したがってさらなる強制執行は不要であるということだけ覚えておきましょう。

11 代替執行
 「代替執行」というのは,第三者に債権の内容を実現してもらい,それにかかった費用を債務者から取り立てるというものです。
 たとえば,建物を修繕する債務や建物を撤去する債務の場合に利用されます。このような場合に,債務者でない他の業者に修繕したり撤去したりしてもらい,その費用を債務者に支払わせるという方法が代替執行になります。

12 間接強制
 「間接強制」は,債務者に心理的な圧迫を加えることで,債務者が自発的に債務を履行するよう追い込もうというものです。債務を履行しなければその間ずっとお金を払ってもらいますよ,履行するまでは終わりませんよという形でプレッシャーをかけるわけです。怖いですね。

補足:直接強制・代替執行・間接強制の関係
 この3つの方法については,従来,直接強制が可能なら直接強制の方法をとるべきで,それが無理でも代替執行ができるなら代替執行を行い,できるだけ間接強制はすべきでないとされていました。間接強制は債務者の自由意志を侵害するのでなるべく避けるべきだ,という考え方です。
 ところが,この考え方に対しては,直接強制のほうがよっぽど債務者にとってはショックだろうといった強い批判がありました。間接強制になじまない債務があるのは確かだが,最後の手段と考える必要はないという批判です。そこで,平成15年には民事執行法が改正され,間接強制も広く認められるようになっています。
 ここは改正前民法において議論があったところです。興味のある方は各自学習してください。

13 ②「賠償しろ!」
 次に,②「賠償しろ」に進みましょう。
 Xとしては,Yが約束を守らなかったことで自身になんらかの損害が生じていれば,それを賠償してくれと言いたいでしょう。
 たとえば,Yから買ってすぐ第三者のZに転売し,差額で美味しく儲けるはずだったのに,Yの約束違反で転売できず儲けそこなったという場合です。こういう事情があれば,Yに対し,損害を賠償しろと言いたくなるでしょう。

14 ②は債務不履行に基づく損害賠償請求
 この賠償請求を,「債務不履行に基づく損害賠償請求」と言います。条文は民法415条になります。
 この民法415条も超重要条文の一つです。
 そして,改正によってこの条文も整理されています。昔の条文で勉強した立場からすると,また勉強し直す必要が生じてしまって面倒な限りです。

15 債務不履行とは
 本日の最初のほうで,「債務不履行」というのは,文字通り債務者が債務を履行しないことだと申し上げました。
 しかし,「債務不履行に基づく損害賠償請求」の「債務不履行」は,もう少し狭い意味で用いられます。
 債務不履行に基づく損害賠償請求が認められるためには,「債務者の責めに帰することができる事由」すなわち「帰責事由」に基づくことが必要とされています。つまり,単に債務を履行しないだけでなく,債務を履行しないことが債務者の責任だと言える場合が「債務不履行」だとされています。このことは,改正民法415条1項ただし書きに規定されました。
 ですので,「債務不履行に基づく損害賠償請求」の「債務不履行」は,債務の履行がなされておらず,それが帰責事由に基づく場合のことを言います。債務不履行という言葉も多義的なんですね。

余談:デフォルト
 債務不履行は,英語ではdefaultですね。
 デフォルトは,たまに企業がやらかして大騒ぎになります。新聞にもたまに「デフォルト危機」という記事が載っていたりしますよね。支払わなければならないのにもう破綻してしまって支払えないという状態です。企業どころか,国家がやらかすこともあります。国家がやらかすと世界レベルでの大きな金融危機になるので困ります。
 しかし,民法における債務不履行は,破綻しているかどうかに関わらず,債務を履行しないこと,あるいは帰責事由があって債務を履行しないことを言います。

補足:民法415条の改正
 民法415条は,「債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは,債権者は,これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも,同様とする」という規定でした。この条文を素直に読むと,帰責事由が必要となるのは後段の「履行をすることができなくなった場合」だけのように思えます。反対解釈ですね。
 しかし,通説・判例は,債務不履行一般について,帰責事由がなければ損害賠償責任を負わないとしてきました。もともと起草者がそのように考えていたようです。損害賠償責任を負うのは帰責事由がある場合だけなのは当然だからあえて規定するまでもなく,したがって前段については削除し,ただ後段については規定しておかないとはっきりしないかもしれないから残したということです。
 この通説・判例に対しては強い批判もあり,改正の際にもいろいろと議論がありましたが,先ほどお話ししましたように,損害賠償責任が認められるためには債務不履行一般について帰責事由が必要ということが改正民法に明記されました。

17 帰責事由とは
 この「債務者の責めに帰することができる事由」すなわち「帰責事由」とは具体的に何なのかという問題があります。
 通説は,「債務者の故意過失または信義則上これと同視すべき事由」と解釈していました。まずこれを覚えましょう。
 そのうえで,前半の「債務者の故意過失」と後半の「信義則上これと同視すべき事由」に分けて検討しましょう。

18 なぜ債務者の故意過失が要件なのか
 なぜ債務者の故意過失が帰責事由なのでしょうか。
 債務者が故意で債務を履行しなかった場合は,債務者が損害賠償責任を問われて当然ですから問題ないでしょう。
 ですが,債務者が履行しなかったとはいえ過失もなかったような場合には,損害賠償責任を負わせるのは気の毒とも言えます。つまり,民法の原則である「過失責任の原則」から,債務者に少なくとも過失があった場合に損害賠償責任を認めるべきだと考えられたのです。

19 信義則上同視すべき事由とは
 では,後半の「信義則上同視すべき事由」とは何なのでしょうか。。
 この概念は,債務者自身がミスした場合だけでなく,債務者が誰かを使って履行しようとしたときに,その誰かがミスした場合を含めようとして生まれました。
 たとえば,注文を受けたお店が,その店の従業員に品物を届けさせようとしたら,従業員が転んで品物を割ってしまったというような場合です。この従業員のように,債務者が債務の履行のために使用する者のことを「履行補助者」と言います。履行補助者に故意過失のある場合が「信義則上同視すべき事由」になります。
 このような履行補助者の故意過失の場合も含めるため,「債務者の責めに帰することができる事由」という規定の仕方をしていると言えます。つまり,あえて「債務者の故意または過失」という規定の仕方をしなかったことで,「信義則上同視すべき事由」まで広げることができたというわけです。

補足:信義則とは
 「信義則」というのは,民法1条2項に規定されている「権利の行使及び義務の履行は,信義に従い誠実に行わなければならない」という原則のことで,「信義誠実の原則」とも言います。民法にとどまらず私法全体にわたる原則とされています。読んでわかるように,非常に抽象的な規定です。
 信義則は,条文の解釈にあたって,条文を具体化したり補充したり訂正したりする際の根拠規定として利用されることがあります。抽象的な規定なので使いやすいんですね。トランプのジョーカーのような使われ方をすると言っていいかもしれません。
 しかし,あくまでジョーカーですので,できれば信義則に頼らない解釈が望ましいとされています。あまり信義則を多用すると「じゃあ民法は信義則の条文だけでいいじゃん。条文いらんやん」となってしまいかねませんよね。

補足:金銭債務の不履行には帰責事由がいらない
 債務不履行に基づく損害賠償請求をするには,債務者の不履行について,帰責事由が必要です。逆に言えば,なんらかのやむを得ない事情があるような場合には帰責事由がありませんので,債権者は損害賠償請求をすることはできません。
 ところが。
 金銭債務については民法419条3項が,このルールの例外を定めています。「不可抗力をもって抗弁とすることができない」ということですので,「天災だったからお金のお支払いが遅れましたすいません」と言っても許されず,損害も賠償しなければならないということになります。

20 債務不履行の3類型
 次に,債務不履行の類型に進みましょう。債務不履行には3つの類型があります。
 履行が遅れているという「履行遅滞」,履行が不可能になってしまったという「履行不能」,不完全な履行しかないという「不完全履行」の3つです。
 それぞれどんな場合かをお話しするとともに,それぞれの定義が要件にもなりますので,すべて覚えましょう。

補足:3類型について
 この3つの類型に分けて考えるのが通説ですが,はたしてこのような分け方が妥当なのかについても争いがあります。
 3つの類型で考えるのはドイツ法の考え方で,それを日本に輸入してきたものです。
 しかし,日本の民法415条を読んでいただくとわかりますが,民法に3つの類型が規定されているわけではありません。改正前も改正後も,「債務の本旨に従った履行をしないとき」と履行不能の2つだけが規定されています。このことから,3類型に分けない考え方も有力です。
 しかし,条文解釈としては,「債務の本旨に従った履行をしないとき」に「履行遅滞」と「不完全履行」の2つが含まれるという解釈も可能です。まずは通説に基づいて3類型をマスターしましょう。

21 履行遅滞
 「履行遅滞」というのは,履行が可能であり,履行期が来ているにもかかわらず,債務者が履行しない場合です。
 たとえば,10月1日までに1000万円を支払うという債務について,債務者が支払わないまま10月1日を過ぎてしまった場合です。
 要件は,①履行が可能,②履行期が過ぎたことですが,さらに,③同時履行の抗弁権等がないことも含まれます。

22 履行不能
 「履行不能」というのは,社会通念上履行が不可能となっていること,つまり常識的に考えてもう履行ができないという場合です。改正民法412条の2第1項ですね。
 たとえば,建物を売った売主が,引き渡し期日前に失火で建物を焼失させてしまったというケースです。
 常識で考えるので,屁理屈で考えれば履行できそうな場合でも常識的には無理という場合は履行不能です。
 要件は,①社会通念上履行が不可能なこと,です。

補足:原始的不能
 ちなみに,改正前には,契約が成立する前から不可能だった場合を含むかどうかという議論がありました。
 つまり,契約前の段階ですでに不可能だったとすると,そんな不可能なことを内容とする契約はそもそも成立しないはずだ,したがって債務も発生しない,発生していない債務について債務不履行ということもありえない,という理屈が成り立つわけです。そのように考えるのが通説でした。
 契約前から不可能だった場合を「原始的不能」と言います。原始的というと違和感があるかもしれませんが,当初かといった意味です。これに対し,契約後に不可能になった場合を「後発的不能」と言います。この通説からすると,履行不能は後発的不能の場合のみだとなります。
 しかし,改正民法412条の2第2項により,成立時から不能だった場合も含むという結論が明示されました。原始的不能であったとしても,そんな契約を締結することとなったのは債務者のせいだ,つまり債務者に帰責事由があるという場合には,債務者が損害賠償責任を負うべきでしょう。よって,履行不能とは,原始的・後発的を問わず,単に「社会通念上履行が不可能なこと」となりました。

余談:履行不能だけが規定されている理由
 民法415条には,「債務の本旨に従った履行をしないとき」の他に,この履行不能が特に規定されています。その理由は,「履行をしない」という文言だと履行不能のような「履行できない」場合も含むのかはっきりしないと考えたからだそうです。

補足:第三者に売ってしまった場合も履行不能
 先に買主に売るという売買契約を締結しておきながら,引き渡し期日前に,別の第三者に売って登記も移転しまったというケースも履行不能です。
 この場合は,「いやいや,その第三者から取り戻して買主に所有権移転すればいいやん」ということも理屈上は考えられますが,いったん買主に売ると言って契約しておきながら第三者に売るような人はかなりひどい奴ですから,そんなひどい奴が,わざわざ第三者から取り戻してくれるなんてことは常識的に期待できません。よって,履行不能になるとされています。

23 不完全履行
 「不完全履行」というのは,一応履行はしたけれども,完全な履行ではなかったという場合です。履行遅滞・履行不能に含まれないその他の債務不履行すべてとも言えます。
 たとえば,目的物にキズがあったという場合です。あるいは,ヒヨコを買ったところそのヒヨコが病気にかかっていたせいで,買主が以前から飼っていたニワトリにも感染してえらい損害が出た,という場合も不完全履行になります。

余談:不完全履行は買主の担保責任や不法行為と関係する
 以前,売買契約の効果についてお話ししたときに,買主の担保責任について少しお話ししました。担保責任は,この不完全履行と大いに関係してきます。
 また,先ほどのヒヨコの例のほうは,ヒヨコが病気にかかっていたというだけで不完全履行です。しかし,それにとどまらずニワトリにまで感染してしまい,被害が拡大しています。このような場合を「積極的債権侵害」と言います。積極的債権侵害はもはや債務不履行にとどまらず,不法行為も問題になります。
 これらはどれも難しい話になるので,今はパスしておきます。

24 3類型それぞれの帰責事由
 3類型についてマスターしたところで,それぞれについてどのような場合が「債務者の責めに帰することができる事由」になるかも押さえておきましょう。
 履行遅滞については,本来,その期日までに履行すると言う約束をしていたわけですから,その期日に遅れたことは通常は債務者の責任でしょう。よっぽどの天災でもない限り,帰責事由はあるとされるでしょう。
 しかし,履行不能については,なぜ履行が不可能になってしまったかの原因は様々なものが考えられます。その中で,債務者の責任で不能になった場合のみ,帰責事由がありとされるでしょう。
 では,不完全履行の場合はどうでしょうか。債務者が不完全な履行しかしなかったということは,債務者がミスって完全な履行をしなかった,すなわち過失で不完全な履行をやらかしたということとほとんど同じです。よって,不完全履行の場合には帰責事由は問題にならないと言えるでしょう。

25 効果は損害賠償
 3類型いずれかの債務不履行に該当する場合,民法415条1項に規定されているように,債権者は債務者に対し,損害賠償請求をすることができます。
 不法行為に該当する場合も損害賠償請求ができましたが,この債務不履行についても同様に,損害賠償請求ができるのです。

余談:債務不履行と不法行為の違い
 債務不履行と不法行為とは,いずれも損害賠償請求ができるという点では共通しています。
 しかし,債務不履行のほうは,前提として債務者が債務を負っている場合です。多くはなんらかの契約によって,すなわち自身が合意したことで債務を負っている場合でしょう。他方で,不法行為のほうは,それまで何の関係もなかった人と人との間でも生じることがあります。たとえば,交通事故です。
 民法は,いずれの場合についても,相手に生じた損害については賠償するのが公平だと考えているということです。

26 損害賠償の復習
 どこまで損害賠償請求できるかについては,不法行為についてお話ししたときに少し説明しました。覚えておられますか。
 民法416条1項により,「通常生ずべき損害」を賠償しなければなりません。また,同条2項により,通常は生じないような「特別の事情によって生じた損害」についても,「債務者がその事情を予見すべきであったとき」は,やはり賠償する必要があります。この条文も,少し改正されていますが,詳細は省略します。

補足:損害賠償請求権の強制履行
 なお,債務不履行に基づき損害賠償請求ができるとしても,相手方は自発的に支払ってこないかもしれません。
 そのような場合には,損害賠償請求権という債権について,相手方に強制履行していくことになります。

補足:強制履行と債務不履行に基づく損害賠償請求の違い
 ①の強制履行と②の債務不履行に基づく損害賠償請求とでは,効果だけでなく要件も異なっている点に気づきましたか。
 強制履行の手段をとる場合,債務者に帰責事由があるかどうかは問いません。債務を履行するのが当然であり,帰責事由がなかったからといって関係がありません。
 しかし,損害賠償請求までされてしまう場合には,帰責事由が必要です。帰責事由がない場合にまで損害賠償請求されるというのでは,債務者に酷だからです。

27 まとめ
 長くなったので③の解除は次回に回しましょう。
 今回は,相手方が債務を履行してくれない場合にとる手段として,①強制履行と②債務不履行に基づく損害賠償請求があること,強制履行の3種類の方法,債務不履行の定義,3類型,要件効果を学習しました。