民法初伝六日目:どうしたら所有権を取得できるか?

1 どうしたら所有権を取得できるのか
 民法初伝も折り返し地点を過ぎ,後半に入りました。
 今回から,「どうしたら人は物を所有することができるのか」すなわち「所有権を取得するためにはどうしたらよいのか」「どうしたら人は所有者になれるのか」というテーマに進みます。
 これまでの内容は,主に「所有権を有している人はどんなことを主張できるのか」というものでした。所有している人は,目的物を自由に使用収益処分することができ,誰かが妨害してきたら物権的請求権を行使して「返せ」「妨害をやめろ」と言うことができ,場合によっては不法行為に基づく損害賠償請求権も行使して「賠償しろ」「金払え」と言うこともできました。
 しかし,これらはいずれも所有者になった後の話です。そもそもどうやって人は物の所有者になるのでしょうか。所有を開始するためにはどうしたらよいのでしょうか。これが今回のテーマです。

余談:所有の正当化
 実はここで,そもそも人はなぜ何かを所有できるのかという哲学的問題についても触れようかと思っていました。なぜ,人が物を所有することが正当化されるのかという話です。
 もしかしたら,この地上にある物はすべて神様の所有物かもしれません。勝手に人が所有して自由に使用収益処分しちゃっていいんでしょうか。神様でなくても母なる地球の物かもしれません。本来は人類が勝手に所有できる物ではないかもしれません。あるいは,人類の物だとしてもみんなの物であって個人が所有できるものではないということも考えられます。
 考え出すとよくわからなくなるのでカットしました。法学では私有財産制は当然の前提とされているようで,哲学の問題のようです。

余談:ジョン・ロックの労働価値論
 世界史で学んだジョン・ロックは『統治論(統治二論ないし市民政府論)』を書いたことで有名ですが,そこでは,所有の正当化についてこんな説明がなされています。
 まず,人は誰でも自分の身体を所有していることは間違いないというところから出発します。ということは,自分の身体を使う,すなわち労働することで得られた物には自分のものが加わっていると言えます。だから,その人の所有物となるのだと。
 おおーなるほどーと思う反面,以前にもお話ししたように自分の身体って所有できたっけといった疑問も湧いてきます。ほかにもいろいろと悩ましい問題がありそうです。それはともかく,ジョン・ロックがこのように理論付けをしたことで,私有財産制が一般化していったようです。
 やっぱり難しいのでカットしました。ちなみにジョン・ロックの『統治論』は憲法において,よりいっそう重要です。古典ですし読んでみてもいいでしょう。

2 誰かが所有している/誰も所有していない
 とある一つの物については,論理的に,誰も所有者でないという状態か,あるいは誰か一人だけが所有者であるという状態しかありません。一つの物について複数の所有権が成立することはないという「一物一権主義」を思い出してください。
 そうすると,「所有権の取得」を考えるにあたっては,①誰も所有権を取得していない物の所有権をどうしたら手に入れることができるのかという問題と,②すでに誰かが所有権を取得している物についてどうしたら所有権を譲り受けることができるかという問題の二つを検討すればよいということになります。

3 無主物先占
 まずは①の誰もまだ所有していない物についてです。
 いにしえの原始時代では,人類は狩猟や採集によって大自然から食料等を得ていました。もちろん原始時代には近代的所有権なんてありませんでしたが,狩猟や採集をして最初に手に入れた人がその物を所有していたことでしょう。
 現代では,どのようなルールになっているでしょうか。この点については民法に規定があります。民法239条1項です。
 この条文では,誰も所有していない動産については,所有する意思で占有することによって,その動産の所有権を取得できるとされています。要するに,まだ誰の物でもなければ最初に取った人の所有物になるということです。原始時代と同じですね。これを「無主物先占」と言います。「無主」の「物」を「先」に「占」有すると,所有権を取得するということです。

4 誰も所有していない状態
 とはいえ,現代日本では,あまり無主物はないかもしれません。たとえば山に生えている植物は,その山を所有している人の所有物ですので,無主物ではありません。勝手にとってはいけません。
 しかし,たとえば海の魚は現代日本でも無主物ですので,海で魚を釣ったという場合には,民法239条1項によりその魚を所有することができます。釣った魚を食べても大丈夫です。
 野生の鳥や獣,虫なんかも無主物ですので捕ったら所有できます。
 ただし,漁業法や狩猟法等にひっかかると罰せられるので注意が必要です。

補足:無主物先占は動産だけ
 民法239条には第2項があり,所有者のない不動産は国庫に帰属するとされています。まだ誰も所有していない不動産がどこかにあったとしても,その不動産は日本国が所有しているということになります。最初に開墾したり居座ったりした人の物になるわけではないんですね。
 そういうわけで,不動産の無主物は日本国の所有となりますから,無主物先占が問題となるのは動産だけと言えます。

5 力ずくで奪うのはだめ
 誰の物でもない場合については以上のとおりです。次に,②誰かが既に所有している物の所有権を取得する場合に進みましょう。
 もしかしたら,誰かが所有している物の所有権を手に入れる手段として,(1)他人に譲ってもらうという方法のほかに,(2)他人から力ずくで無理やり奪うという方法を思いついた方もいるかもしれません。
 しかし,(2)他人から奪っても,法的にはその物の占有が移転するだけです。所有権は移転しません。民法上の正当な権利である所有権は,奪うというような野蛮な方法では移転しないのです。

6 円満に譲り受ける必要がある
 所有権が移転しないだけでなく,前回までさんざん学習したように,奪われた人から物権的請求権や不法行為に基づく損害賠償請求権を行使されることになるでしょう。さらに,刑法上は窃盗罪や強盗罪です。お巡りさんに捕まります。
 ですので,誰かが所有権を有しているものが欲しくなったのであれば,(1)その他人から円満に譲ってもらう方法を考えなければなりません。

補足:所有権を譲り受ける際の大前提
 誰かから所有権を取得しようという場合,その相手が正当に所有権を有していることが大前提です。そもそも「持ってない」人から「もらう」ことなんてできるはずがないですよね。
 ローマ法の格言として”nemo dat quod non habet.”というものがあります。ラテン語なのでさっぱり読めませんけど,英訳すると”No one gives what he does not have.”だそうなので,「何人も自分が有していない物は他人に与えることができない」「持たざる物を譲渡することはできない」といった意味のようです。法格言などというと大層な感じですけど,内容は至極当然です。

補足:持ってない人からもらうことがある!?
 ・・・ところが!
 なんと,この法格言には例外もあるのです。所有権を有していない人から所有権を取得することはできないはずなんですが,例外的に,所有権を取得できてしまう場合があるんです。この例外が,民法の超重要テーマの一つとなります。
 何を言っているかよくわからないかもしれませんが,今はわからなくても大丈夫です。例外ですから,先に原則をマスターしなければなりません。
 とりあえず,所有権を有している人から譲り受ける場合について,まずはしっかりマスターしましょう。

7 物々交換
 もう一度,いにしえの原始時代にもどってみましょう。
 原始時代でも,自分で狩猟したりていろいろな物を手に入れるだけでなく,他人と交流して食料や生活物資などを手に入れていたはずです。たとえば,山の部族が狩猟した山の幸を,海の部族が手に入れた海の幸と交換するといったことがあったでしょう。つまり物々交換です。
 この物々交換により,山の部族は山の幸の所有権を失う代わりに,海の幸の所有権を取得することができるでしょう。
 したがって,他人から所有権を取得したければ,相手と話し合って物々交換の話をまとめるという方法が考えられます。民法586条が規定しています。これを「交換」契約と言います。

8 物々交換から売買へ
 しかし,現代社会では,物々交換はまったくないわけではありませんが,あまり見かけません。皆さんもあんまりしたことないんじゃないでしょうか。わらしべ長者には私も強く憧れてるんですけど。
 物々交換だと経済がうまくまわらないので,人類社会は歴史上のどこかの時点で「貨幣」を発明し,貨幣と物を交換するようになったと言われています。貨幣経済の誕生です。
 現在でも,現金と商品の取引が一般的です。相手から円満に所有権を取得したければ,相手にお金を支払って手に入れるという方法が通常でしょう。
 民法上,お金と商品の取引のことを「売買」契約と言います。民法555条以下に規定があります。

余談:経済は本当に交換から始まったのか?
 人類は大昔の時代では物々交換をしていたけれど,それではうまくいかないことが多くて不便なので,貨幣が開発されて売買の時代へと進化していったというふうに一般的には考えられています。皆さんも常識と思っておられるのではないでしょうか。
 ところが,フェリックス・マーティン『21世紀の貨幣論』には,物々交換経済というものは現実には存在しなかったのではないかとあります。人類学者によれば,物々交換が経済として行われていたことは人類の歴史上一度もないとのことです。そうすると,物々交換だと不便だから貨幣すなわちマネーが発明されたわけではないということになります。じゃあマネーはなぜ誕生したのでしょうか?気になる方は『21世紀の貨幣論』をどうぞ。ただし,法学とはほぼ関係ありません。

9 交換契約と売買契約
 売買も貨幣と物の交換なので,物々交換の一種と言うことができます。つまり,交換契約が基本で,売買契約は交換の一類型というふうに考えることもできるでしょう。
 しかし,世の中では圧倒的に交換よりも売買のほうが多いので,民法も売買契約を基本としています。交換契約は売買契約の後に規定されていますよね。条文も民法586条一つしかありませんし。

10 売買は民法の超重要テーマ
 次回からは売買契約について学習します。
 この「売買」は超重要テーマです。正確には,売買の中にいろいろな重要テーマが含まれています。
 お金を払って商品を手に入れるというのは,日常の場でも商取引の場でもきわめてたくさん行われており,だからこそいろいろな場面でいろいろなトラブルも起きがちで,そのトラブルに備えたルールがたくさん作られているというわけです。
 しばらく売買についての話となります。

余談:キャッシュレス化
 現代社会はカード決済が主流となりつつあり,キャッシュレス化がどんどん進んでいるようです。
 しかし,まだまだ主力は現金での取引です。わが家はいつもにこにこ現金払いです。民法でも現金取引が主力という扱いです。
 いずれ現金なんて見たことないという人が増えていく時代が来そうです。そのときには,民法も改正される,かもしれません。

11 所有権を取得する方法
 今回は,無主物先占,交換契約,そして売買契約についてお話ししました。
 ところで,所有権を取得する手段・方法は,他にもあります。けっこうたくさんあります。
 民法162条以下の時効取得や民法896条の相続による取得,民法549条以下の贈与による取得,民法240条の遺失物取得等です。条文の位置がバラバラですね。これらはとりあえず気にしなくていいです。

補足:原始取得と承継取得
 このように所有権を取得する方法はたくさんあるんですが,2つに分類されています。
 以前の所有者とは関係なく所有権を取得する場合を「原始取得」と言います。先ほどの「無主物先占」も原始取得の一つとされています。無主物先占以外の原始取得としては,たとえば時効取得があります。
 これに対し,以前の所有者の所有権を引き継いで取得する場合を「承継取得」と言います。実際に所有権を取得する場合としては,この承継取得のほうが多いでしょう。売買も交換も承継取得です。

12 まとめ
 物を所有するとどんな権利が認められるかを既にしっかりマスターしていることを前提に,今回から,そもそもどうしたら物を所有することができるのか,というテーマに進みました。そして,物の所有権を取得する方法はいろいろとあるが,お金を支払って取得するという売買が一般的であること,民法においても売買が主力であり重要テーマがたくさん含まれていることを学習しました。今回はオープニングのような感じですが,次回から本格的な内容になります。