民法初伝九日目:債務を履行してくれない(2)解除

1 前回までのおさらい
 所有権を譲り受ける方法としてもっともメジャーなのは,その人にお金を払い売ってもらうことです。つまり売買です。
 交渉して合意することで売買契約が成立し,そうするとお互いが債務を負うことになります。
 ふつうは,お互いがその債務を履行して円満に終了します。一方は所有権を手に入れ,他方はお金を手に入れ,めでたしめでたしです。円満に終了する場合がほとんどです。
 ところが,中には,債務を履行してもらえないというケースが生じます。そういうときの対応手段として,①強制履行,②損害賠償請求,③解除の3つがあります。今回は,この③解除についてです。

2 解除は契約を破棄する手段
 この③解除は,一方的に契約を破棄してなかったことにする制度です。なぜこのような制度が必要なのでしょうか。

3 売買契約ではXも債務を負っている
---
<事例2>
 Xは,Yとの間で,Yが所有する土地を1000万円で買うという契約を締結した。ところが,Xが約束の日に1000万円を支払ったにもかかわらず,Yは土地の明け渡しも登記の移転もしなかった。Xは,Yに対し,いかなる請求ができるか。
---
 前回も出てきた<事例2>です。
 この<事例2>では,Xも代金支払債務を負っており,Yはその債務を履行してもらったわけですから,Yが1000万円を受け取ったこと自体はとくに問題がなく,YはXに1000万円を返す必要はありません。このままでは。

4 契約を破棄してなかったことにする
 そこで,Xが「1000万円返せごるぁ」と巻き舌で言いたければ,いや巻き舌はどうでもよくて「1000万円返せ」と言いたければ,「代金支払い債務の履行として1000万円支払った」のではなく,「何の理由もないのに1000万円支払った」という状態に変更する必要があります。つまりは契約をなかったことにしなければなりません。そのための手段,契約を一方的に破棄する手段が「解除」なのです。

5 Xがまだ代金を支払っていなければ
---
<事例3>
 Xは,Yとの間で,Yが所有する土地を1000万円で買うという契約を締結した。Xは約束の日に1000万円を支払おうとしたが,Yは準備が間に合わなかったと言って引き渡しも登記移転もしようとしなかった。そこで,Xは1000万円を持ち帰った。
---
 少し事例を変えて,Xが支払わずに帰ってきたケースです。<事例2>のようにお金だけ取られては大変ですので,この<事例3>のXのほうが賢いですね。お金を取り返すのは大変なことが多いです。

6 未履行でも解除は問題になる
 <事例3>のXは,この後もしYから1000万円支払えという代金支払請求を受けたとしても,引渡しと登記移転と引き換えでないと断ると言って,つまり同時履行の抗弁権で拒むことができます。条文は覚えていますか。
 しかし,このままでは,いつなんどきYが引渡しと登記移転の準備ができたから1000万円支払えと言ってくるかわかったものではありません。Xとしては,土地をさっぱりあきらめ,さっさとこんなYとは縁を切り,いつまでも1000万円を準備しておく負担から解放されたいかもしれません。よって,Xが代金支払債務について未履行でも,やはり解除は問題になります。

7 解除するかどうかは自由
 もちろん,Xがどうしてもその土地を欲しいとか,Yは信用できるからもう少し待ってみるというのなら,解除しないという選択肢もありです。解除するかしないかは自由です。

補足:合意解除
 一方的に契約を破棄する手段が解除なんですが,契約を破棄する手段は他にもあります。相手方が「いいよ。もうやめよう」と破棄することについて同意し,あらためて合意すればいいのです。これを「合意解除」と言います。
 「解除」というコトバが入っていますが,これからお話ししていく解除とは別物です。これからお話しする「解除」のほうを「法定解除」と言うこともあります。また,「合意解除」は「合意解約」「解約」とも言います。
 もともと二人の間で合意したことで生じた契約関係ですから,新しくまた合意することで,契約関係をなくすこともできるわけです。

補足:なるべく話し合いで解決
 私的自治の原則・契約自由の原則からすると,合意が何よりも優先されます。つまり,話し合うことが肝心だということです。
 常識的に考えても,債務の履行が期日に間に合いそうにないという場合は,速やかに相手に連絡を入れて謝罪し,善後策を協議するはずです。それで解決すれば,民法はいらないわけです。民法は,話し合いで解決できない場合について規定していると言えます。
 とはいえ,民法の学習にあたっては,法定解除の要件効果をしっかりマスターすることが大切です。「2人でよく話し合って解決すべき」では民法の回答にはなりません。

8 解除の効果
 例によって,解除の要件と効果をマスターしましょう。
 まずは,効果からいきましょう。
 解除すると,契約は最初からなかったことになります。ちなみに,最初にさかのぼって効果が生じることを「遡及効」と言います。
 実は,このように考えない学説もあるんですが,とりあえず気にしなくていいでしょう。

9 債務は遡及的に消滅する
 契約がなかったことになると,契約の効果として生じていた債務も最初から発生しなかったこととなります。難しく言うと,債務は遡及的に消滅します。
 そうすると,まだ履行していない債務は,消えてなくなったので履行しなくてよくなります。
 また,既に債務を履行してしまっていた場合には,本来であれば履行しないでよいものを履行してしまった,つまり意味もなくしてしまったという状態になっていますので,元に戻すべきことになります。

10 原状回復義務
 元に戻すという点については,民法545条1項本文に規定があります。「その相手方を原状に復させる義務を負う」となっていますよね。この義務を「原状回復義務」と言います。もし,すでに履行してしまった部分があれば,原状すなわち契約当時の状態にもどさなければならないということです。「現状」と間違えないようにしてください。
 したがって,既に債務が履行されている場合には,相手方は,原状回復義務,すなわち契約当時の状態にもどすべき義務を負うことになります。

11 解除と所有権
 ところで,売買契約が成立すると同時に,所有権は売主から買主に移転するというのが通説です。そうすると,解除によって売買契約は最初からなかったことになるので,所有権も移転しなかったことになると考えるのが自然です。つまり,解除することで,所有権は最初からずっと売主のところにあったことになります。解除と同時にぽんと所有権が返ってくるイメージです。

補足:所有権の遡及的復帰
 解除によって最初から所有権は移転しなかったことになるわけですが,この「移転しなかったことになる」というのがわかりにくいかもしれません。<事例2>において,これを時系列にするとこうなります。
 売買契約前→所有権はY
 売買契約成立→所有権はYからXに移転する
 解除→所有権はずっとYにあったことになる
 「Y→X」だったのが,解除によって「→X」の部分がなくなり,したがってずっと「Y」だったことになるというイメージです。
 しかし,いったんはXに移転したのですから,「Y→X→Y」と動いたと考えることもできます。
 どっちでもええやんと思っておられるかもしれません。しかし,どう考えるかによって,解除する前の時点で,つまりXが所有者だったときにXからさらに第三者Zが譲り受けたとしたらどうなるか,という問題に影響があります。今は紹介するにとどめておきます。とりあえず遡及効の考え方をマスターしておきましょう。

12 <事例2><事例3>で解除すると
 <事例2>と<事例3>において,Xが解除するとどういう効果が生じるか,確認しておきましょう。
 まず,いずれの事例でも,売買契約は最初からなかったこととなります。売買契約から生じていた債務も遡及的に消滅します。Yは引き渡し等をしなくてよくなります。
 そして,<事例2>では,Xは民法545条1項本文により,Yに対し1000万円を返せという請求ができます。
 また,<事例3>では,Xはまだ履行していないので,1000万円の返還債務を負わないことになります。
 なお,土地の所有権は,いずれの事例でも,解除とともにXにもどります。

13 解除の要件
 次に,解除の要件について押さえます。
 従来は,債務不履行の3類型である,履行遅滞,履行不能,不完全履行のそれぞれについて分けて考えていました。
 この点は,民法改正に伴い,すっきりしました。すっきりしたんですが,まずはそれぞれ3類型ごとに要件を見ていきましょう。

14 履行遅滞による解除の要件
 履行遅滞については,民法541条が規定しているとされています。条文を確認しましょう。
 この条文からは,
 ①「債務を履行しない場合」であること
 ②相当の期間を定めて催告をしたこと
 ③それでもその期間内に履行がないこと
という要件が導かれます。
 さらに,改正民法541条には新たに「ただし書き」が追加されており,
 ④債務の不履行が軽微でないこと
が要件に加わっています。

15 「債務を履行しない場合」
 ところで,この①ですが,条文は「債務を履行しない場合」と書いてあります。もし履行遅滞についての条文であれば,「履行期が到来しているのに履行しない場合」とあるのが正確です。「債務を履行しない場合」だと債務不履行全般についての規定のように読めます。
 ところが,民法543条が「履行の全部又は一部が不能になったときは」解除できると規定しており,明らかに履行不能の場合の解除について定めてます。なので,民法541条の「債務を履行しない場合」とは履行遅滞の場合なのだと解釈されていました。

補足:不完全履行と解除
 民法541条が履行遅滞についての解除,民法543条が履行不能についての解除をそれぞれ規定しているとすると,不完全履行の場合の解除の規定がないやんかとお思いかもしれません。
 まことにごもっともで,不完全履行の解除については条文がありません。そこで,どう解釈するかですが,また後で触れます。

16 解除と帰責事由
 民法543条ただし書において,履行不能の場合に解除するには帰責事由が必要とはっきり規定されています。帰責事由は覚えていますよね。
 他方で,民法541条には帰責事由は規定されていないんですが,民法541条解除の場合にも帰責事由が必要だと解釈する考え方が一般的でした。その理由としては,民法543条解除と同じように考えるべきだから,あるいは過失責任の原則からすると過失もないような場合に解除されるようでは相手方が気の毒だから,といったことが挙げられていました。逆にいえば,解除とは過失がある相手方への制裁の制度だと考えられていたということです。

17 解除に帰責事由は必要か
 ところが,改正民法の条文をご覧いただくと,解除に帰責事由が必要という規定は削除されてなくなっていることがわかります。
 というのも,改正以前から,解除に帰責事由は要らないという考え方が有力で,今回の改正はこの考え方を採用したのです。この考え方は,過失がある相手方に制裁するための制度は損害賠償請求であり,解除は契約によって生じた債務から解放されるための制度でしかないのだから,相手方に帰責事由があるかないかは関係ないというものです。
 そういうわけですので,解除には帰責事由は要らないという考え方で覚えておけばよいでしょう。

補足:履行遅滞と帰責事由
 従来は履行遅滞で解除するためには明文の規定がないけれども帰責事由が必要だと考えられていたわけですが,そうすると,解除できる場合がそのぶん狭まってしまってしまい困ったことも起きそうです。解除して自分の債務から免れたいのに,相手方に帰責事由がないから解除できないという事態が起きると,ちょっと気の毒な感じがします。
 しかしながら,履行遅滞というのは履行すべき時期が来ているのに履行しないということですから,よほどの事情がない限りは帰責事由があるでしょう。ですので,帰責事由を必要と考えても,あまり不都合な事態は起きませんでした。

18 解除の条文構造
 かつては民法541条が履行遅滞解除,民法543条が履行不能解除をそれぞれ定めていると考えられていました。
 これに対し,有力な考え方は,条文を素直に読めば,民法541条は「債務を履行しない場合」と定めているのだから解除一般について規定しており,履行遅滞に限られるものではない,そして民法543条は履行不能の場合の特別なルールを定めているのだと反論していました。
 そして,改正民法は条文を整理し,改正民法541条は解除一般についての規定であることがはっきりしたように思われます。先ほど,民法改正に伴いすっきりしたと申し上げたのはこういうことだったのです。

19 履行遅滞の場合の①「債務を履行しない場合」
 もう一度,履行遅滞の解除の要件にもどりましょう。
 ①の「債務を履行しない場合」については,履行遅滞の場合には,(1)履行すべき時期すなわち履行期が到来しているのに,(2)履行しないこと,になります。履行期が来ていなければ,履行しなくても何の問題もありません。

20 ②③催告が必要
 さらに,解除するためには①だけではダメで,②催告をしても③履行がないことが必要です。催告というのは,相手方に対し一定の行為を請求することで,要するに「もうとっくに過ぎてますよ。いついつまでに払ってくださいね。そうでないと解除しますよ」と連絡することです。相手方に最後のワンチャンスをあげるということです。

余談:催告
 催告というと「貸した金はよ返さんかいなめとんのか」という金融業者からの怖いお手紙をイメージするかもしれません。催告書ですね。この場合の催告書は,契約を解除するための催告ではなく,返済を求める督促のためのものです。
 契約を解除するための催告は,内容証明郵便で届くことが多いです。後から「届いてないよ」と相手がしらばっくれることを防ぐためです。裁判になったときの証拠の問題であり,民法上は別に内容証明郵便でなくてもかまいません。

21 ④一部だけの不履行では解除できない
 そして,改正によって付加された④ですが,債務全体のうちごくごく一部ないし軽微な部分だけ履行が遅れた場合にまで,契約全体を解除するのは不適切であり認められないということです。
 これは改正前から当然のこととして認められていた法理なんですが,改正により明文化されました。

22 解除の要件の原則型
 以上が履行遅滞解除の要件です。
 まずはこの要件をマスターしましょう。帰責事由が必要かどうか,必要という考え方の根拠,不要とする考え方の根拠をそれぞれ押さえましょう。
 民法改正に伴い,改正民法541条は解除一般の規定という位置づけになっています。いわば原則です。これからその原則の例外についてのお話になりますので,その前に原則をきちんとマスターしておきましょう。

23 催告しても意味がない場合
 民法541条は,解除するには催告が必要としています。相手方に履行を促して,ワンチャンスをあげるためでしたよね。履行が遅れているだけなら,「早よせえ」と促すのも合理的です。
 しかし,もはやワンチャンスをあげる意味がないこともあります。
---
<事例4>
 Xは,Yとの間で,Yが所有する建物を1000万円で買うという契約を締結した。ところが,約束の日の前日に,Yの不注意で建物が全焼してしてしまった。Xは,それを知らずに1000万円を支払ってしまった。
---
 建物が全焼してしまっており,Yは建物引渡義務を履行することがもはやできません。つまり履行不能になっています。このような場合に,なんぼXから「早よせえ」と促されてもYは履行しようがありません。催告する意味もなければ,そもそも履行期を待っている意味もありません。

24 履行不能による解除の要件
 そこで,履行不能の場合には,要件は次のようになります。
 ①債務の全部の履行が不可能であること
 ④債務の不履行が軽微でないこと

25 履行不能解除の条文
 条文はもう見つけていますよね,改正民法542条1項1号です。催告しなくてもすぐ解除できると規定されています。

26 催告なしで解除できる場合
 履行不能の場合に限らず,たとえば,結婚式にケーキを届ける債務の場合,結婚式の日に届かず次の日に届いてもファーストバイトができずまったく無意味です。いちいち「遅れていますよ,解除しますよ」などと催告している場合ではありません。こんなときは即座に解除です。
 そこで,改正民法542条には,催告せずに解除できる場合が,履行不能以外にもいくつか規定されています。さきほどのケーキの例は,1項4号にあたるでしょう。詳細は省略しますね。

補足:一部解除
 ちなみに,改正民法542条の1号にも2号にも「一部」と規定されていてわかりにくいですね。要するに,一部だけ不履行になった場合はその一部だけ1号で解除できるけれど,残部だけ履行してもらっても契約の目的が達成できないような場合には2号で全部解除できるということです。
 たとえば,ゴッホの「ひまわり」「自画像」を買う契約をしたが,「ひまわり」が燃えてしまったという場合,「ひまわり」を買う部分だけ解除するというのが1号の一部解除になります。何らかの事情により2つセットでないと意味がなければ2号で全部を解除することになるでしょう。

27 不完全履行による解除の要件
 さて,履行遅滞と履行不能が出てきたのに,3類型の最後の不完全履行が出てきていませんでした。ご安心ください,忘れてませんよ。
 不完全履行というのは,一応履行はされたけれども,きちんとした履行と言えるものではなかったという場合でした。
 このような場合,後からでもやり直して完全な履行をすればよいということであれば,結局のところ,履行が遅れているということと同様と言えます。よって,履行遅滞と同じように考えることになります。
 また,もはや完全な履行をすることはできないという場合には,履行不能と同様と言えますので,履行不能に準じて考えることになります。

補足:不完全履行という概念は必要か
 不完全履行は結局,履行遅滞か履行不能のどちらかと同じ処理をすることになるわけです。
 そうすると,履行遅滞と履行不能だけで十分だ,あえて債務不履行の第3の類型として不完全履行という概念を作る意味がないという考え方にも一理ありそうですよね。

28 解除の要件を満たすと解除権が発生する
 解除の要件を満たしても,すぐに解除の効果が生じるわけではありません。ワンクッションあります。
 というのも,解除の要件を満たせば,債権者は「解除権」を取得します。つまり,「解除の要件」とずっと申し上げていましたが,正確には「解除権の要件」だったのです。

29 解除権を行使して解除の効果が生じる
 債権者が解除権を行使してはじめて契約が破棄されます。解除するかどうかは自由ということを申し上げましたが,つまり,解除権を取得してもあえて行使しなくてもよいということです。

30 解除権を行使するには
 債権者が「よし,じゃあ解除するぞ!」と決心した場合,解除権を行使することになりますが,具体的にどのようにして行使すればよいのでしょうか。
 これについては,民法540条に規定があります。解除のところはけっこう改正されているんですが,ありがたいことに民法540条は改正されていないようです。
 民法540条には「解除は,相手方に対する意思表示によってする」と規定されています。「意思表示」という方法で解除権を行使できるということです。

31 意思表示とは
 じゃあ意思表示とは何でしょうか。
 意思表示については,民法の前のほうに規定されています。民法93条以下です。詳しくはいずれ触れます。
 簡単に言えば,文字通り,内心で思っているだけでなく,意思を相手に表示することです。解除の場合について言えば,「解除するぞ!」という意思を表示して債務者に伝えることです。

32 意思表示の2つのポイント
 もう少しだけ申し上げておくと,①意思を外部に表現するということと,②意思を表現することで法がその通りの効果を認めること,の2つがポイントになります。
 というのも,民法における大原則である私的自治の原則からすると,人がそういう意思を表示したからこそ権利義務が生じるわけですから,①外部に表示され,②表示された意思通りの効果が生じるという2つが意思表示の中核ということになります。

33 意思表示にならないもの
 したがって,「君が好きだー!」と叫んでも,この内容通りの効果を民法が認めるということはありませんので,この叫びは意思表示ではありません。
 また,先ほど出てきました解除のための催告も,意思表示ではありません。催告は「いついつまでに債務を履行してね」という内容を相手に伝えるものでしかないのです。
 他方で,解除権の行使は,「解除しますよ」と伝えることで,実際に解除の効果が生じますので,表示された意思通りの効果が生じるわけですから意思表示にあたります。
 意思表示にあたるかあたらないかでどう違うねんと思っておられるかもしれません。よくわからなければ今は読み飛ばしてください。いずれまたみっちり触れます。

補足:売りますと買います
 売買契約の成立要件は,売主と買主の合意でしたよね。
 <事例2>は,Yが「わしの土地を1000万円で買わへんか?」と言い,Xが「よっしゃ買うたろ」と言うことで,めでたく合意となって売買契約が成立します。
 このときの「売ります」と「買います」は,それぞれ意思表示になります。Yは「Xが買いますと言えば売買契約を成立させますよ」と言っているわけですし,Xは「売買契約を成立させましょう」と言っているわけですから,それぞれ,①意思を外部に表示し,②意思通りの効果が生じていると言えるんですね。

余談:意志ではなく意思
 初めて学習したとき,意志と意思は同じなのか違うのか,どうも違うようだがどう違うのだろうかと考え込んだりしたような記憶があります。
 民法では「意思」です。
 どうやら,日本語に翻訳する際に,「意志」のほうは「志す」というニュアンスが入っておりちょっと違うだろうとされ,「意思」が採用されたようです。意思表示は,今,思っていることを表示するというニュアンスになります。
 したがって,「意志表示」とか書いてしまうと間違いです。正確に「意思表示」で覚えましょう。

34 事例のまとめ
 最後に,<事例2>についてまとめておきましょう。
 Xは,Yに対し,土地明渡義務・登記移転義務の強制履行を選択することができます。また,Yの債務不履行は履行遅滞ですから,催告のうえで解除することもできます。Yは,解除したうえで,原状回復を求め,代金1000万円の返還を請求することができます。
 そして,いずれの場合についても,もしXになんらかの損害が生じており,かつYに帰責事由があれば,Xは損害賠償請求をすることができます。
 それぞれの根拠条文はあえて省略しましたが,いずれも基本条文ですので,ひけるようになっておきましょう。

補足:履行不能における解除の実益
 <事例4>において,Xは,改正民法542条1項1号に基づいて売買契約を解除し,支払った代金1000万円の返還を求めることができます。また,Yは不注意で建物を全焼させたのですから帰責事由があり,Xが余計な手間暇をかけさせられたことで生じた損害を賠償する必要があるでしょう。
 では,解除以外の手段はどうでしょうか。
 履行は不可能ですので強制履行の手段はとれません。強制しようがありません。
 他方で,解除せずに損害賠償を請求することも可能です。解除しないと,Xは代金の返還を求めることができないようにも思えます。しかし,この場合の損害賠償請求の内容は,①払わなくてもいい1000万円を払っているので1000万円と,②余計な手間暇をかけることで生じた損害です。ですので,解除せずとも損害賠償請求を行使すれば1000万円を返せと言うことができます。
 よければ考えてみてください。