民法初級三日目:行為能力


1 猛勉強のすすめ
 勉強できるというのは幸せなことである。幸せをかみしめつつ勉強すべきである。
 他人を変えることは不可能だが,自分を変えることは可能である。猛勉強すればより魅力的な自分へと自身を成長させることができる。ならば,猪突猛進,ただただ猛勉強あるのみである。

2 ナントカ能力
 今回は行為能力について検討する。
 勉強していくにあたっては,「権利能力」及び「意思能力」との違いについて意識する必要がある。そうでないと,「ナントカ能力」というくくりでごっちゃになってこんがらがってしまう。どこが同じでどこが違うのか,違いが生じるのはなぜなのかをしっかり押さえるべきである。

3 行為能力制度の目的
 前回も少し触れたように,行為能力もまた,意思能力と同じく判断能力が不十分な者を保護するための制度である。
 もしかしたら,意思能力の制度だけで十分ではないのかと疑問に思っておられるかもしれない。同じ目的のために二つも制度があると,勉強の量が増えて迷惑だと思っておられるかもしれない。
 意思能力制度だけではないのは,もちろん理由がある。以下の二つである。

4 意思能力制度には証明の問題がある
 まず,証明の問題がある。
 民事訴訟においては,意思能力がないと主張する側が,意思能力がなかったことを証明しなければならない。
 意思能力がなかったことを証明するには医学的な証明が必要となるが,現実的には容易でないことが多い。証明できないとどうなるかというと,意思能力がないという主張が認められないことになり,その結果,無効という効果が得られず敗訴してしまう。
 このような証明という負担をなんとかする方策が必要となる。

5 相手方からしてもわかりやすいほうがよい
 次に,取引の相手方からの視点も大切である。
 民法は私人間の利害調整を目的としてる。したがって,常にバランスに配慮し,双方の視点で考えなければならない。一面的な議論は常識外れであって受け入れられない。
 判断能力が不十分な者を保護するということは,相手方にとっては一定の損失が生じることでもある。
 たとえば,相手方は,有効な通常の売買契約だと信じていろいろと準備をしたはずである。にもかかわらず,意思能力がないから売買契約は無効でありなかったことになるというのでは,準備に費やした時間と費用がムダになる。そういう損失を相手方に甘受させてでも,民法は,判断能力が不十分な者を保護しようしているのである。

6 意思能力をチェックするのは大変
 そのような損失を避けるために,相手方は,常に契約の際に意思能力があるかをチェックするだろう。怪しければ契約しないことにするだろう。契約しなければ,準備の時間も費用もかからない。
 ただ,意思能力をチェックするというのもなかなか大変である。チェックしてまあ大丈夫だろうと判断したのに,後になって実は,ということもありうる。そこで,相手方の負担をなるべく低くする方策が必要となる。

7 あらかじめ類型的に制度化しておく
 これらの点を解決するために,あらかじめ,一般的に判断能力がないと考えられる類型を定めておき,そのような人については単独で契約できないとしたのが行為能力制度である。
 あらかじめ決まっているので,後から判断能力がなかったことを証明する必要がなくなる。また,取引の相手方も,そういう類型に該当しないことを売買契約の際にチェックすればよくなる。

8 意思能力と行為能力の違い
 このように,行為能力は一般的に判断能力がないと考えられる形式的な類型の問題である。意思能力がそのときの具体的な判断能力の問題であるのと異なる。

9 第4条から第19条までが行為能力制度
 民法を見てみよう。
 「第二節 行為能力」のところには,第4条から第6条までで未成年者,第7条から第19条までで成年被後見人・被保佐人・被補助人が規定されている。
 これらの者が,類型的に,判断能力がないとされている。なお,ここではもっぱら未成年者について取り上げ,成年被後見人等の詳細は省略する。

10 ネーミングの問題
 かつては,「行為無能力制度」という名称になっており,未成年者等は「行為無能力者」と呼ばれていた。
 しかし,「無能力」などと言われると「無能」をイメージさせて印象が悪い。後で触れるように,そもそも未成年者等は行為能力がないわけではなく,一定程度制限されているだけである。
 また,成年被後見人は禁治産者,被保佐人と被補助人は準禁治産者というネーミングだったが,禁治産者等もかなり悪いイメージが定着してしまっていた。
 そこで,「行為無能力制度」は「制限行為能力制度」と名を改められた。禁治産者や準禁治産者も名前が変更され,成年被後見人・被保佐人・被補助人となった。

11 行為能力制度は意思無能力をすべてカバーするわけではない
 制限行為能力者は未成年者・成年被後見人・被保佐人・被補助人である。
 しかし,これらは判断能力がないような場合をすべてカバーしているわけではない。
 たとえば,成人が泥酔していたような場合である。このような場合,未成年でも成年被後見人・被保佐人・被補助人でもないから行為能力はある。しかし,泥酔していたのでまったく判断能力がなく,したがって意思能力がなかったと言える。このような場合には,意思能力制度で対応するしかない。
 つまり,行為能力制度があるからといって,意思能力制度が不要になったというわけではないのである。行為能力制度は,類型的に判断能力が不十分な者の一定範囲をカバーしているにすぎない。

12 意思能力があっても行為能力が制限される場合もある
 逆に,15歳くらいなら,通常は意思能力はあるはずである。しかし,未成年者なので,行為能力は制限されている。

13 意思能力と行為能力では4つの組み合わせが考えられる
 以上から,①意思能力がないし行為能力も制限されているという組み合わせ,②意思能力はあっても行為能力が制限されているという組み合わせ,③意思能力がないが行為能力は制限されていないという組み合わせがあることがわかる。
 もちろん,④意思能力はあるし行為能力も制限されていないという組み合わせが標準である。

14 意思能力制度と行為能力制度とが重複する場合
 ①意思能力も行為能力もない場合,たとえば3歳の子どものような場合は,意思能力制度と行為能力制度が重複する。二つの制度が重複するような場合にどのように整合させて考えるかという問題があるが,ここでは省略する。

15 未成年者
 民法第4条は,まず成人について規定している。
 20歳から成人とされており,裏返すと20歳未満は未成年ということである。

16 なぜ20歳から成人なのか
 なぜ20歳なのかというと,実ははっきりしない。

17 大宝令が20歳からだったからか
 明治時代に民法を制定した際に,はるか昔の大宝令を参考にしたという説明もある。大宝律令や養老律令を覚えておられるだろうか。歴史を学んだのは単に受験勉強のためだけではなかったのである。
 大宝令では,21歳から65歳までが「正丁(しょうてい)」とされていた。正丁になると一人前として扱われ,「庸」「調」「雑徭」「兵役」などが課された。
 大宝令での21歳は数え年の21歳なので,満年齢では20歳である。そこで,民法を制定する際に,大宝令を参考に成人年齢は20歳にしたという。

余談:租は人頭税でなく土地税だった
 「租庸調」じゃなかったっけ,「租」はどうなってんだと気になっている人がいるかもしれないので補足しておくが,「祖」は田ごとに課されたので,年齢は関係ない。

18 その後の日本社会は必ずしも20歳成人ではなかった
 しかし,大宝令の後の貴族社会や武家社会では,だいたい15歳くらいで元服して一人前となった。早いと10歳未満で元服することもあった。
 このような慣習があったのであるから,明治時代にはるか昔の大宝令を参考にして決めたとは考えにくい。

余談:有名人の元服
 ちなみに織田信長は12歳,徳川家康は11歳,伊達政宗は10歳,4代将軍徳川家綱は4歳で元服したようである。

19 諸外国の成人年齢も参考にした
 日本古来の慣習だけでなく諸外国の例も参考にしようとしたという。しかし,当時の諸外国は,成人年齢が21歳から24歳までとばらばらであった。

20 意外と真ん中をとって20歳にしたのかも
 さあどうしようと明治時代の民法制定者は悩んだらしい。意外と悩まなかったかもしれない。
 成人年齢が早すぎると,幼くして一人前と扱われてしまう。逆に成人年齢が遅すぎると,独立してがんばろうという若者の気概を妨げてしまう。
 そこで,日本古来の元服制度が15歳くらいであり,他方で外国の成人制度が21歳から24歳なので,その間をとってきりのいい20歳にしとこう,そうだ大宝令にも20歳と書いてあるし,ということになったようである。

21 令和4年からは18歳成人
 最近,第4条は改正され,18歳から成人となった。
 改正法の施行は2022年である。令和4年である。
 複雑化する現代社会において,むしろ成人年齢をあげるべきではないか,そのほうが判断能力の不十分な者を保護することになる,という議論がある。他方で,いまどき18歳にもなれば一人前であり,それくらいで一人前と認めるほうが個人の尊重につながるという議論もある。明治時代に成人年齢を20歳にしたときと同じく,やはり悩ましい問題である。

余談:年齢の数え方に関する法律
 年齢の数え方については「年齢計算ニ関スル法律」が規定している。昔の法律は全部こんなふうにカタカナ混じりの文語体だったので,懐かしい感じもある。1条しかないので第○○条となっていないことでも有名である。
 この法律は1902年(明治35年)に施行されて,数え年ではなく満年齢で計算されることとなった。
 また,1950年(昭和25年)には「年齢のとなえ方に関する法律」が施行されている。興味のある方は条文をご覧いただきたい。

22 未成年者を制限行為能力者として保護
 未成年とは20歳未満,2022年からは18歳未満である。
 では,未成年について,民法はどのように保護をしようとしているのか。

23 親の同意が必要
 民法第5条1項本文によれば,未成年者が法律行為をするためには,法定代理人の同意が必要とのことである。
 例によって「法律行為」は売買契約と読み替える。「法定代理」については民法のあちこちに登場するものの,法定代理そのものを定めた条文はないのでわかりにくいが,とりあえず親をイメージしておけばよい。民法第818条や民法第824条を参照しておくこと。
 そうすると,民法第5条1項は,未成年者が売買契約をするには親の同意が必要ということを規定していることになる。未成年者は自分一人だけで売買契約をすることはできず,親にチェックしてもらったうえで同意をもらう必要があるというわけである。

余談:携帯電話や中古ゲーム売却の経験
 未成年のときに携帯電話を契約しようとしたら,ショップ店員に親の同意書が要ると言われた経験はないだろうか。あるいは,中古ゲーム屋にゲームソフトを売りに行ったときに,親の同意書を要求されたことはないだろうか。いずれも,民法第5条が規定していたからだったのである。

24 制限行為能力というネーミング
 このように,未成年者は一人では売買契約を締結することができず,親に相談して同意してもらう必要がある。つまり,法律行為を単独で行うことができない。ということは,法律行為を単独で行う能力である行為能力が制限されているわけである。だから,「制限行為能力者」とネーミングされている。

25 処分を許されていれば同意は不要
 もしかしたら,未成年者のときに本を買ったりおもちゃを買ったりハンバーガーを買ったりしたが,別に親の同意書なんていらんかったぞと思っておられるかもしれない。
 その点も民法にちゃんと規定がある。
 民法第5条3項である。親から処分を許された財産であれば,親の同意は不要である。処分を許された時点で,包括的な同意があったとも言える。

26 利益でしかない場合や事業をしている場合も同意は不要
 また,未成年者であっても,利益にしかならないような場合は,民法第5条1項ただし書きによって,やはり親の同意は不要である。たとえば,財産をもらったり,義務を免除してもらったりする場合である。このような場合は,親にチェックしてもらうまでもないからである。
 さらに,未成年者であっても親の同意のうえで事業をしているような場合には,民法第6条1項により親の同意は不要とされている。

余談:携帯電話や中古ゲーム売却について同意がいる理由
 先ほどの携帯電話やゲームソフトについても,民法第5条3項で親の同意がいらないようにも思える。
 しかし,携帯電話は毎月の利用料金が高くなりうるものである。また,ゲームソフトの売却は,定価の決まっている商品を購入するのとは異なり駆け引き的な要素がある。お店からしたら,後から「未成年者をだまくらかして不当に安く買い取った」と文句を言われるのを避けたいところである。よって,いずれも念のために親の同意を必要としているのだと思われる。

27 もし同意を得ずに勝手にした場合には取り消すことができる
 親の同意が必要と言っても,未成年者は親の同意を得ずに勝手に売買契約をしてしまうこともありうる。そのような場合の対処法がないと,親の同意が必要としたことが無意味になってしまう。
 これは民法第5条2項が規定している。「前項の規定に反する法律行為は、取り消すことができる」とある。

28 取消権が生じる
 まず,「ことができる」ということは,そういう行為をする権利があるということである。つまり,そういう行為をするもしないも自由ということである。この場合は,取消権という権利を持つことになる。
 そうすると,①取消権とはどのような権利か,取消すとどうなるのか,②誰が取り消すことができるのか,取消権の主体は誰か,といったことが気になってこないだろうか。順に検討する。

29 取り消すと初めから無効になる
 ①の「取消し」については民法第120条以下に規定があり,取消したらどうなるか,すなわち取消権行使によって生ずる効果については,民法第121条が規定している。「取消し」をすると,すなわち取消権を行使すると,売買契約は「初めから無効」になる。
 「無効」の意味については前回も出てきたので大丈夫なはずである。わからない方は要復習である。

30 取り消すことを選んではじめて無効になる
 むしろ,「初めから無効」ということの意味がつかみにくいかもしれない。最初の時点にさかのぼってそもそも効力を生じなかったことになる,という意味である。
 無効の場合は,最初から無効である。取り消した場合も,民法第121条により最初から無効となる。したがって,違いが出てくるのは,取り消さなかった場合である。取り消さなければ有効のままになる。取り消すかどうかの選択肢が与えられている。

31 親が事後的にチェックする
 未成年者が売買契約を締結するにあたっては,本来なら,事前に親が同意するかしないかという形でチェックする。しかし,未成年者が親の同意を得ずに勝手に売買契約を締結した場合には,取消権を行使するかしないかという形で事後にチェックするわけである。チェックの結果,とくに問題がなければ,取り消さなければよい。

32 初めから無効になると権利と義務が消滅する
 売買契約を取り消すことにした場合,先ほどから言っているように最初から売買契約の効力がなかったことになる。
 その結果,まだ売買契約から生ずる義務を履行していなければ,義務は消滅するので履行する必要はなくなる。未成年者が買主ならお金を支払う必要がなくなるし,売主なら目的物を引き渡す必要がなくなる。

33 履行済みの部分は返還を求めることができる
 また,もし履行してしまった後なら,返還を請求することができる。
 この返還については,このたび改正があり民法第121条の2が新設されている。

34 改正前民法第121条ただし書きは不親切だった
 改正前民法では,民法第121条ただし書きにおいて,「制限行為能力者は、その行為によって現に利益を受けている限度において、返還の義務を負う」とだけ規定されていた。
 取り消すことができる場合というのは,制限行為能力者の場合に限られず,他にも民法第96条の場合がある。
 したがって,民法第121条ただし書きは,本来であれば取り消した場合ははじめから無効になって全部を返還する義務があるのだけれども,制限行為能力を理由に取り消した場合については例外的に現に利益を受けている限度でだけ返還すればよい,という意味である。つまり,この条文には「本来であれば」という本則の部分が省略されてしまっている。
 なお,「現に利益を受けている限度」のことを「現存利益」と言う。

35 改正民法第121条の2はわかりやすくしてくれた
 そこで,わかりやすくするという観点から,新設された民法第121条の2第1項には「無効な行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は,相手方を原状に復させる義務を負う」として本則を明示した。
 「債務の履行」「給付」というのは,代金をもらったり売買契約の目的物を引き渡されたりした場面をイメージしておけばよい。「原状に復させる」というのは,要するにもとの状態に戻すということであり,つまり受け取った物を返すということである。

補足:民法第703条・704条の不当利得によるのが不合理という理由もあった
 ちなみに,改正にはもう一つ,民法第703条・704条によるのが適切ではないのではないかという見解の影響もあるが,省略する。

36 意思無能力で無効の場合も明示された
 そして,民法第121条の2第3項において,意思能力がなくて無効の場合や制限行為能力であって取り消された場合については,現存利益の返還でよいと規定した。改正前民法第121条ただし書きと同じだが,意思能力がなくて無効の場合についてもこの機会に明示されている。

37 返すのは現存利益だけでよいとして制限行為能力者を保護
 現存利益の返還でよいとされているのは,もちろん制限行為能力者を保護するためである。しかし,この部分はわかりにくいかもしれないので,事例をもとに検討しよう。

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<事例>
 Xは18歳だったが,両親に断りなく,業者Yとの間でお茶10万円分と高価なダイエット飲料50万円分を購入する売買契約を締結し,代金合計60万円を支払い,全部飲んでしまった。
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 60万円分も飲み干すのは大変だったこととお察しする。

38 XY間で売買契約が成立していることの効果
 さておき,XはYと売買契約を締結しており,代金60万円の支払い義務を負う代わりに,お茶10万円分と高価なダイエット飲料50万円分の引渡しを請求する権利がある。<事例>ではどちらも履行されている。

39 Xが未成年者であることの影響
 ところが,Xは未成年であり,両親の同意を得ていないので,民法第5条2項によりYとの間の売買契約を取り消すことができる。
 取り消した場合,民法第121条により売買契約は最初から無効になる。したがって,代金支払義務も引渡請求権も生じなかったことになる。もし代金支払い前なら,もう支払う必要がなかったところであった。
 <事例>ではXは既に支払っているので,民法第121条の2第1項により代金60万円の返還を求めることができる。
 逆に,既に受け取った物については返還しなければならない。

40 全部飲んでしまって目的物がないから返せない
 返すとはいえ,Xは,もう全部飲んでしまっている。受け取った物を返しようがない。そうすると,返さなくてよいのか。
 受け取った物そのものがなくなっている場合には,お金で返すことになる。これを価額償還義務という。今回の改正で,これも明文化するという動きはあったようだが実現しなかった。
 民法第121条の2第1項の文言上は「原状に復させる」義務とあり,原状にもどすというのは物の返還のことだと先ほどは言ったが,実はそれに限られない。要は元の状態にもどったと言えればよいのであり,返還そのものが無理ならお金で返せばよい。よって,「原状に復させる」の解釈により価額償還義務が認められている。

41 全部飲んでしまっているが利益が残っているのか?
 お金で返さないといけないとはいえ,民法第121条の2第3項により,Xは現存利益を返還すれば足りる。そして,Xは全部飲んでしまったのであるから,現存利益はなさそうである。そうすると,やはり返さなくてよいのか。
 現存利益の考え方として,本来なら出費していた分をまぬかれたと言える部分については,その利益が手元に残っていると評価する。したがって,日常的な出費を節約したと言える範囲で返還しなければならない。
 たとえば,受け取ったお金を生活費にあてた場合には,その分だけ自身の財産の減少をまぬかれた利益が残っているので,返還しなければならない。他方で,遊びで使ってしまったような場合は,返還しなくてよい。
 いかにも不合理なようだが,これが民法のルールである。全部返還しないといけないとなると,「返せないので取り消すのはやめとこう」という発想になりがちだろう。しかし,残ってる利益の範囲で返せばよいとなると,取消ししやすい。

42 現存利益でよいということは相手方にとっては大損
 <事例>においては,お茶10万円分は日常的な出費になりそうだが,ダイエット飲料50万円分は日常的に飲むものではない。よって,Xは,10万円だけお金で返せばよいことになる。
 Yからすると間違いなく大損である。60万円分の商品を売ったつもりが,取り消されてしまうと代金60万円を返さなければならない。のみならず,商品は返ってこない。現金10万円しかもどってこないのである。差し引き50万円の損失である。やはり,未成年者と大きな取引をするときは,必ず両親の同意を得るよう心がけなければならない。

43 取消権を有するのは誰か
 ②の誰が取消権を有するのかについても簡単に触れておく。
 これは民法第120条1項が規定している。制限行為能力者である未成年者自身も取消すことができるし,親も代理人として取り消すことができる。逆に,相手方のほうから取り消すことはできない。

補足:無効の主張権者
 なお,前回も述べたように,意思能力がなくて無効の場合には意思無能力者側だけが無効を主張できると考えられている。
 本来,無効は取消権のような「権利」ではなく「状態」をあらわすものなので,そういう状態になっているということは誰もが主張できそうである。しかし,意思能力がない場合については,判断能力が不十分な人を保護するための制度という観点から,取消権の場合と同様に解釈されている。

44 取り消さずに追認することもできる
 取り消すのではなくこのままでよいというときにはどうしたらよいか。
 この場合,「追認」することができる。追って契約が有効と認めることである。民法第122条である。追認をすると,有効であると確定し,もはや取り消すことはできなくなる。

補足:無効行為の追認
 ちなみに無効の場合には追認できなかったが,覚えておられるだろうか。民法第119条である。

45 追認することで不安定な状態を終わらせることができる
 論理的に考えると,未成年者がした売買契約は取り消すことができるが,取り消すまでは有効である。そうであれば,あえて「追認」などしなくとも,取り消さず放っておけばよいようにも思える。
 しかし,追認も取消しもされない状態というのは,有効とはいってもいつ取り消されて無効となるかわからない不安定な状態である。有効に確定するのが追認と言える。

46 相手方はどっちにするのか促すことができる
 不安定な状態で困るのは,むしろ相手方のほうである。不安定なまま放っておかれるよりは,はっきりしてもらったほうがよい。
 そこで,相手方は,どちらにするかはっきりせよと促すことができる。この権利を「催告権」という。民法第20条である。
 なお,「催告」は,債務の履行を求める場合にも出てくるが,内容が異なるので注意が必要である。

47 いくらなんでも詐術を用いたような場合には保護されない
 相手方を保護するための制度はもう一つ用意されている。民法第21条である。
 先ほどの<事例>で確認したように,取り消して現存利益を返還することで足りるのであるから,相手方は大損を強いられる。制限行為能力者を保護するため,相手方の利益を犠牲にしているのである。
 しかし,制限行為能力者が「詐術を用いた」ような場合には,むしろ相手方のほうが気の毒である。そこで,そのような場合には民法第21条により取り消すことはできない。

48 詐術についての判例の基準
 問題は,どの程度で「詐術を用いた」になるかである。単に黙っていただけでも「詐術を用いた」ことになってしまうと,制限行為能力者が保護される場合がほとんどなくなってしまうから,詐術にはあたらない。
 しかし,他の言動とあいまって、相手方を誤信させたり誤信を強めたりしたときは詐術にあたるとされている。最高裁判例がある。最高裁昭和44年2月13日判決である。

49 民法における主体論
 これにて権利能力・意思能力・行為能力は終わりである。
 三つの能力がごっちゃにならないように,ナントカ能力というくくりでいっしょくたになってしまわないように,きちんとどこが同じでどこが違うかをマスターすべきである。