憲法入門二日目:とある植民地の独立(1)王様も楽じゃない

1 いろいろとトライしよう

 2日目からは少し趣を変えてみます。きっと面白おかしくなること間違いなしです。いろいろなことにトライしてみる精神は大切です。

 

2 世界で初めて制定された近代憲法

 世界最初の近代憲法は,とある植民地が本国から独立したときに誕生しました。

 そうすると,近代憲法がなぜ誕生したかを学ぶためには,この植民地が独立に至る経緯を一つ一つたどっていく必要がありそうです。

 

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「戦争に勝ったはいいが,またえらくじゃぶじゃぶと戦費をつかってしまったもんじゃな」

「すごい額の借金が残りましたね」

「返済できるんか」

「借金の返済ばかりではないですよ。これからは増えた植民地の管理費用も莫大なものになります」

「どうしたらいいんじゃ,頭が痛い。増税しかないか」

「ですが,本国でさらに税を課したりしたら,きっと暴動が起きます」

「暴動が起きてギロチンにかけられるのはわしは嫌じゃぞ。なにか良い案はないのか」

「植民地から取り立ててはいかがですか」

「なるほど。あいつらのせいで金がかかったんじゃからな。名案じゃ」

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3 困窮する本国

 本国は外国との戦争に勝ち,新たな植民地を獲得しました。

 しかし,戦争には金がかかります。おびただしい戦費を増税や借金でまかないましたが,戦後は借金の返済に苦しむこととなります。さらに,広がった領土を防衛したり統治したりするための費用も新たに生じることとなりました。

 これらの支払いをどうしたものかと考えたとき,そもそも植民地を守るための戦争でもあったのだから植民地に支払わせたらいい,という意見が出てきたのは当然のことだったかもしれません。

 

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「本国はわしらに課税するとか言うとるで。ふざけてんな」

「それは本当?」

「ほんまみたいやで。無茶苦茶やろ」

「私たちのことは私たちが決める,それが自治ってものだよね。なのに,どうして本国が勝手に税を決めているんだろう」

「さすがや,ええこと言うな。そうや,自治や。わしらの自治が侵されとるんや」

「植民地ができてから,これまでずっと自治でやってきたっていう伝統があるのにね。伝統は尊重してもらわないといけないよね」

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4 植民地の反発

 本国が課税してきたことに対し,植民地は猛烈に反発します。

 なぜ反発したかというと,そもそも税金っていやなものだからというのもあるでしょうが,それだけではありませんでした。自分たちの自治が侵害されたことに対して強く反発したのです。植民地にとって,自治というのは非常に大切なものでした。

 

5 自由と自治

 本国の人々が伝統に縛られてなかなか封建制から脱却できなかったのに対し,植民地の人々は最初から自由の気風のもとにありました。

 というのも,植民地の人々は,本国にいたのでは得ることができないチャンスや自由を求めて海を渡ってきた人々でした。先住民がいるとはいえ土地はたくさんあり,古い慣習の存在しない世界で新たな社会を築くことができました。

 また,本国はきわめて遠く,いちいち本国が指示していられず,必然的に植民地の統治は自治に委ねざるを得ないという面もありました。

 このような背景があったため,植民地は,自由と自治を尊ぶ社会となっていました。したがって,本国による一方的な課税は自治を侵している,とんでもないことだ,不当な干渉だと猛烈な反発が生じたのでした。

 

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「植民地から税を取り立てるのは,王様の一存で決めてよかったですか」

「一存でいいならわしも楽なもんじゃが,そうはいかんのじゃ。課税するには議会の同意が必要ということになっておる」

「それって王様のご先祖が遠い昔にした約束でしょう。もうこの際,無視しちゃったらダメですか」

「ダメじゃダメじゃ。無視したわしの先祖はろくな目にあっとらん。下手したらギロチンじゃ。わしはそんな目にあうのは嫌じゃぞ」

「王様なのにあんまり強くないんですね」

「議会とうまくやっていくのが賢いやり方というものじゃ。さっさと植民地に課税する法案を議会にはかるがよいぞ」

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6 課税には議会の同意が必要

 お金が絡むと対立が起こりがちというのは,昔も今も変わらないようです。統治において課税は常に問題となりました。

 戦争に限らず,国家が何らかの政策を実現したいというときに必要となるのがお金です。その財源は,借金するのでなければ課税するしかないでしょう。

 他方で,課税される側にとっては税金は負担でしかありません。必要な課税なら仕方ありませんが,なるべくなら課税されたくないでしょう。

 このように,課税したい王様と,課税されたくない貴族や民衆との間で利害の対立が生じます。

 

7 王様の約束

 対立が激しくなり,結局,王様は屈服せざるを得ませんでした。王様は貴族や民衆に対し,公式に,議会の同意を得ずに課税したりしませんと約束する羽目になります。古い約束としてはマグナカルタ,その後の約束としては権利章典があります。いずれも世界史で学習したかと思います。

 

8 マグナカルタ

 マグナカルタ(Magna Carta)は1215年に貴族たちが王様に迫って署名させた文書です。

 この文書において王様はいろんな約束をさせられています。その中に「議会の同意がなければ戦争協力金という名目での税金は課しません」という条項が入っています。王様は税金を好き勝手に課してはならない,税金を課すには貴族の代表者によって構成される議会の同意が必要とされたのです。

 

余談:マグナカルタ

 マグナカルタというのはラテン語だそうで,直訳すると大きな紙とか量が多い文書といった意味のようです。ちなみにラテン語のカルタはポルトガル語のカルタになり,そして日本語の「かるた」の語源になりました。まさしく余談ですね。

 マグナカルタには「大憲章」という大変立派な訳語もあります。どうやら後の時代になってから偉大な文書という意味づけがなされ,それで大憲章という名前になっているようです。

 マグナカルタはいったん無効になったり,新しく作り直されたり,王様が約束を守らず反故にされたり,そのため反乱が起きたり,そしてしばらく忘れ去られたり,といった目にあいます。その後,17世紀に議会と王様が対立したときに,王様に対抗する武器として再び着目されました。なかなかの浮き沈みですね。

 ちなみに,マグナカルタの一部は,現在でも効力があるそうです。

 

9 議会の統治参加

 約束は破るためにあるというろくでもない言葉があるらしいですが,王様がマグナカルタの約束を守らないということがありました。権力者は約束を破りがちです。そのため,王様に約束してもらうだけではダメだ,もっと現実的な統治の仕組みを作って王様の横暴をおさえるべきだという話になりました。

 そこで,貴族たちは,議会を強化することにします。定期的に議会を開催することとし,王様だけでなく議会も統治にがっつり関わるようにしました。また,議会のメンバーに地域の代表者も含めることとし,国政に各地の意見も採り入れることとしました。

 

10 王様と議会

 このように,有力貴族の代表と地域の代表が集う議会を作り,議会も統治に参加することとして,王様の権力を抑制しました。

 他方で,王様にとっても,議会をうまくコントロールすることができれば国家の統治がしやすくなるというメリットがありました。賢明な王様は,議会に気をつかいつつうまくやっていました。

 詳しくは,青木康『議会を歴史する』(清水書院)がよいと思います。

 

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「例の法案を議会にはかりました。根回しもしておきました」

「ご苦労じゃった。法案は通りそうか」

「反対する議員はあまりいないでしょう。なにせ本国に課税するわけではありませんから」

「よろしい,よくやった」

「しかし,やっぱりよくわからないんですが,王様なのになんでこんなに議会に気をつかわないといけないんですか。王様が一番偉いんですよね」

「一番偉いんじゃが,偉いからといっても何でもしてよいわけではないのじゃ」

「王様は神様から国家の統治を任されたのですから,誰に気兼ねすることなく,自由に統治してよいのではありませんか」

「神様から委ねられたからこそ自由ではないんじゃ」

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11 権利章典

 マグカナルタと同じく世界史で習った権利章典(Bill of Rights)ですが,マグナカルタが王様と貴族たちとの約束であったのに対し,こちらは王様が国民に対してした約束です。1689年の文書です。

 その条項の中には,やはり「議会の同意なくして税金を課すことは違法ですのでいたしません」というものがあります。

 

余談:権利章典

 権利章典の正式名称は,「臣民の権利と自由を宣言しかつ王位の継承を定める法律」だそうです。この文書の中に王様が国民の有する権利を確認した部分が含まれていることから,権利章典と呼ばれています。

 この権利章典も,その一部が現在でも有効だそうです。

 

12 王様と議会の対立

 賢明な王様は議会と協調してうまくやっていたのですが,時代が進むと,好き勝手しようという王様があらわれます。権力者は自由に権力を行使したいという誘惑にかられるようです。私も権力を握ったらきっとそうなるのでしょうから,「ひとつの指輪」は受け取らずにすませたいところです。

 ともあれ,好き勝手しようとした王様は,議会と共同で統治するという伝統を無視し,議会に遠慮せず意見も聞かず,独断で国家を統治しようとしました。

 

13 王権神授説

 そのような王様が信奉していたのは,王権神授説という考え方でした。王様は神様から国家の統治を委ねられたのだ,だから国家の中で一番偉いのだ,王様は神様以外に対してなんら拘束されるいわれはないのだ,自由に統治してよいのだ,という考え方です。

 

14 王様は国のために尽くすべき

 意見を聞いてもらえなくなった貴族や民衆は,王様の好き勝手な統治に苦しめられます。当然,王様に対して反発を強めます。

 そして,そもそも王様は国と国民のために尽くすべき存在であるはずだから,国と国民のために尽くさないような王様は王様としてふさわしくない,と強く抗議したのでした。

 

余談:放伐

 「君,君足らざれば,すなわち臣,臣足らず」という言葉が中国にもあります。ダメな君主には従わなくてよい、そのようなときには逆らってよい,ということです。また,暴君を交代させる行為を「放伐」と言うそうです。西洋でも,暴君放伐論ないしモナルコマキというのがあります。

 とはいえ,「君,君足らざるといえども,臣,臣足らざることなかれ」という言葉もあってどっちやねんとなるんですけども。

 一方で君主は偉いのだから逆らってはいけないということにしておかないと,秩序が乱れます。他方で,とんでもない暴君等の場合には逆らってよいという余地を残しておかないと,世の中が大変なことになりそうです。世が乱世かどうかでも違いがありそうです。

 

15 王権神授説といえども

 たとえ神様から国家の統治を委ねられたのだとしても,神様が,おまえの好きに統治していいよと言って王様に委ねたのかというところは問題です。

 つまり,神様は王様に対し,おまえに統治を任せる意味がわかってんだろうな,国と国民のために身を粉にして尽くすのじゃぞ,と言って国家の統治を委ねたのではないか,ということです。

 

余談:ギフト

 神様からかどうかはともかくとして,世の中には,何らかの力を授かった人がいます。

 韓国ドラマ『逆賊 民の英雄ホン・ギルドン』を見ていたところ,怪力を授かった主人公は復讐のためにその力を使っていましたが,天からの贈り物をそんなふうに使っていては死んじゃうぞと巫女から警告されていました。

 また,内田樹『最終講義』には,高い能力を授かった者は,それはその持ち主の私物ではないのだから,自己利益を増大させるというような使い方をすべきではない,という文章もあります。

 どうやら授かりものは他者のために使うほうがよいようです。わたしもこの文章をがんばって書いています。問題はそもそも授かっているのか,そして他者のためになっているのかというところですけれども。

 

16 王様が敗れる

 貴族や民衆の抗議に対し,屈服せずに最後まで争った王様もいました。そういう王様は,追放されてしまったり,ついには革命が起きて処刑されたりしたのでした。

 そして,先ほどの権利章典が制定されます。王様は国と国民のために尽くさなければならないという考え方が勝利したと言えます。

 

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「王様も大変なんですね」

「当たり前じゃ。楽な仕事だとでも思っておったか」

「楽ではないと思ってましたが,誰に気兼ねすることもなくもっと自由気ままだと思っていました」

「自由なぞないわい。わしも拘束されておる」

「拘束っておっしゃいますが,いったい何に拘束されてるんですか?」

「王様は法の下にあって,法に拘束されておるのじゃ」

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17 王様も法の下にある

 王様は国と国民のために尽くさなければならないということは,王様は好き勝手に国を統治してはならないということであり,つまりは何者かに拘束された存在であるということです。

 その何者かが神様,さらには「法」と考えられました。王様といえども法の下にある,法に従って統治をしなければならないということです。

 

補足:君主は法から自由

 「君主は法から自由である」「君主は法に拘束されない」というローマ法の諺があります。ラテン語を引用するとかっこよく見えるらしいので引用しますと”princeps legibus solutus est”と言います。ウルピアヌスというローマ時代の法学者が唱えたそうです。

 他方で,こちらはあまり有名ではないようですが,「君主も法の下にある」という諺もあります。”princeps legibus alligatus”と言います。

 君主は法に拘束されるのか,それとも拘束されないのか。この問題は古来からの一大テーマだったようです。興味のある方は,やや難しかったですが,嘉戸一将『法の近代 権力と暴力をわかつもの』(岩波新書)をどうぞ。

 

18 法の支配と人の支配

 王様の好き勝手な支配を「人の支配」というのに対し,王様も法に従って統治しなければならないという考え方を「法の支配」と言います。

 中世の法学者ブラクトンは「王もまた神と法の下にある」と言ったそうです。この言葉を17世紀の裁判官クックが引用し,裁判に口を挟もうとしてきた王様を諫めたというエピソードもあります。

 また,賢明な王様の中には,玉座につくときに「慣習と法に従う」と誓った王様もいました。

 

19 法の支配は多義的

 「法の支配」という概念は多義的とされており,難しいところがあります。少なくとも「人の支配」に対立する概念というところだけははっきりしているんですけども。

 時代によっても変遷しているようですし,現在でも,用いる人によっていろいろな意味に用いられています。愛敬浩二先生は「正確には何なのかについて,合意の存在しない概念である」とおっしゃっていたりします。

 

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「王様よりも上にある法って,王様や議会が作るあの法ですか」

「そうではない。それとは違うものじゃ」

「違うんですか」

「そもそも考えてもみよ。わしが従う法をわしが法を作るというのでは,意味がない。わしがいくらでも法を変えてしまえるじゃろ」

「たしかに。都合が悪くなったら,都合良く法を変えてしまうということができてしまいますね」

「そういうことじゃ。そういうわけで,この世には,人間が作る法よりもさらに上位の法,高次の法があると言われておる」

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20 難問が再びあらわれる

 では,法の支配にいう「法」とは何なのでしょうか。

 奇しくも「法とは何ぞや」という難問に再び巡り会うこととなってしまいました。逃げても逃げても追いかけてくるというのは困ったものです。悪夢のようですが,とても逃げ切れなさそうですので,ここは一つ前向きにモテているのだととらえるしかありません。

 

21 法の支配における「法」

 ここでいう「法」とは,当然,王様といえども従わなければならない法です。ということになります。王様よりも上位で偉いですし,王様が新たに作ったり内容を変えたりはできません。

 また,たとえば「王様がいくらでも好きにしてよい」というような内容では,人の支配と同じことになるのでダメです。王様の権力を何らかの形で制約するような内容でなければなりません。

 単なる法ではないということを強調するため,「高次の法」(higher law)と言うこともあります。

 

補足:法の支配と高次の法の支配

 外国では,法の支配と高次の法の支配は別の概念という説明もされています。

 先ほどの多義的というところと関連します。

 ここでは法の支配と高次の法の支配は同じとしておきます。

 

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「人間よりも上の存在が作ったとなると,神様ですか」

「どうもそうらしい」

「しかし,神様の法なんて実在するんですか」

「神様がこの世を作ったわけじゃ。つまり神様はこの世に秩序をもたらしたわけじゃ。秩序をもたらすということは法則を作るということじゃ。ということは,神様がこの世を作ったときに,この世の法則も作ったと言える」

「それは自然法則のことではありませんか。たとえば太陽が東からのぼって西へ沈むとか,重力の法則とか」

「自然界の法則だけではないぞ,神様は人間社会の法も作ったのじゃ」

「法もですか」

「自然法則がこの世の普遍的なルールであることと同じように,どんな人間社会にもあてはまるルールがある。たとえば人を殺してはならんとか,人の物を盗んではならんとかじゃ。こういう普遍的なルールがあるのは,神様がそのように人を作ったからこそなのじゃ」

「ということは,神様がすでにこの世の法を作ってくれているわけですか」

「そうじゃ。人間は,神様が作った自然法則や法を,理性を用いて,少しずつ発見しておるのじゃ」

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22 法とは発見されるもの

 現代に生きる皆さんはきっと,「法」とは制定されるものと思っておられるでしょう。つまり必要があるときに人が新しくゼロから作り出すものというイメージだと思います。

 ところが,西洋の昔々の時代では,法とはすでに存在するものであり,したがって作り出すものではなく見つけ出すものとされていました。

 

23 古き良き法

 昔々の時代,法とは古きものであり,しかも良いものとされていました。

 社会は古来からの伝統ないし慣習によって支配されており,法は,古い慣習の中から発見されるものでした。

 ただし,古ければ何でもよいというわけではなく,正しい法でなければなりませんでした。悪い慣習なら否定されたのです。

 このような古き良き法の考え方からすると,法は神聖なる伝統によってすでに与えられているものであり,人間の役目はこれを正しく発見することだけだということになります。

 

24 神様による秩序

 その後,世界は,神様を頂点とする秩序によって構成されていると考えられるようになります。この秩序ないし法則のことを「永久法」ないし「永遠法」と言います。私はインテリと思われたいという欲求があるのでラテン語で言うと,”lex aeterna”です。

 自然界も人間社会も神様が定めた永久法のもとにあり,永久法は,自然界においては「自然法則」,人間社会においては「法」になるとされます。

 

補足:法と法則

 lawには「法」という意味だけでなく「法則」という意味もあります。lawの語源は置くというlayだそうで,この世にすでに置かれたものとして法や法則があるという考え方が,ここでも見て取れます。

 この話は小熊英二『基礎からわかる 論文の書き方』(講談社現代新書)に出てきました。この本は論文の書き方についてだけでなく,学問とはどういうことなのかを考えさせられる内容になっていて面白いです。

 なお,法思想史についてもっと正確なところを学習したいという方は戒能通弘ら『法思想史を読み解く』(法律文化社)が読みやすいです。専門書ですが三島淑臣『法思想史』(青林書院)も参考にしました。

 

余談:自然科学の発展

 自然法則を神様が定めたのだという考え方からすると,自然法則を見つけることが神様に近づく道なのだ,だから観察や実験をしてどんどん見つけようとなります。そのような考え方のもとで自然科学が発展していったそうです。

 そうして発展して理論が蓄積されていった結果,合理的な考え方が浸透し,合理主義・啓蒙主義の近代に至ります。

 現代でも,突き詰めていった最後のところでは神様がそう定めたのだと考えるほかないのではないか,とも言われます。

 

補足:見つけ出すものか新しく作るものか

 先ほどの,君主は法に拘束されるのか,それとも法から自由なのかという問題は,法をどのように考えるかによって決まります。

 法とは見つけ出すものだとすると,君主といえども法は自由にできないものになりますから,法に拘束されます。

 これに対し,法は作るものだと考えると,君主が作るわけですから,君主自身は法に拘束されず自由です。王権神授説を信奉した王様は,当然,法についてはこちらの考え方を採用しました。

 ここではとりあえず,かつて法とは見つけ出すものと考えられていたということだけ押さえて先に進みましょう。

 

25 制定法だけでは不十分だった

 現代では制定法がとてもたくさん作られています。

 しかし,昔の時代では,国家が作る制定法は,質も量も不十分だったでしょう。現実に起こるもめ事を制定法だけで解決することは不可能だったと思われます。

 だからといって,制定法がないから裁判できませんというわけにはいきません。また,裁判はできれば,決闘とかではなく法に基づいて行いたいところです。

 そのため,制定法以外にも法はあるのだ,まだ発見されていないだけなのだ,だからそれを見つけ,見つけた法に基づいて判断して判決を下せばよいのだとなったのでしょう。

 法が発見されるものと考えられた背景には,こういう事情があったのではないかと思います。

 

26 自然法

 ところで,自然法則と名前が近いものとして,「自然法」があります。英語では自然法則が”law of nature”,自然法が”natural law”です。高次の法や永久法よりも,むしろ自然法のほうが有名かもしれません。

 

27 自然法とは何か

 自然法とは何かというと,これも難しい問題でして,自然法はアリストテレスあたりまでさかのぼります。時代によって人によって内容が異なります。

 自然法は,少なくとも,人為的に作られる法ではないもの,すなわち実定法ではない法です。自然や正義や人間の本性などに基づく法のことです。

 人が自由に内容を定めることができる実定法とは異なり,自然法はすでに内容が決まっています。人間の本性に基づきますので,あらゆる人間社会に妥当します。

 

28 法と正義

 自然法なんてそんな法が存在するのかという気もしますが,例えば「人を殺してはならない」「人の物を盗んではならない」とったルールは,古今東西を問わずどんな人間社会にも当てはまります。

 このような普遍的なルールが存在するということからは,あらゆる人間社会に妥当する法が存在すると考えることも十分できそうです。

 そして,このような法は,正義,あるいは,倫理のこととも言えます。昔の時代では,法は正義や倫理と分化していなかったのです。先ほどの「古き良き法」のうちの「良き法」というところからも,法とは正義ないし倫理のことだったと言えます。

 

補足:自然法と永久法

 自然法と,神様が定めたとされる永久法との関係はどうなるのでしょうか。

 もともと自然法は,正義や自然や人間の本性などに基づく法でしたので,神様とは関係がありませんでした。

 中世に入って教会の力が強くなると,神様が定めた永久法がまず存在し,永久法のうち人が認識できたものが自然法だと考えられるようになったのでした。

 先ほどの古き良き法についても同様で,神様とは関係なく古き良き法の考え方があったところへ,神様が入ってきてその考え方が強化されました。

 

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「わしらは古来から少しずつ法を見つけてきており,裁判所の判決において見つけたものは判例となっておる。あるいは伝統の中で積み重ねられたものは慣習となっておる。これらも法じゃ」

「ということは,法には何種類もあるということですか」

「そのようじゃな」

「王様や議会も法を作りますよね。これと神様が作った法との関係はどうなるんですか」

「神様が作った法は大まかなところを決めているだけじゃから,細かいところはわしらが決めてよいのじゃ。しかし,神様が作った法に反するような法は制定してはならんのじゃ」

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29 実定法

 すでに同種の事案について判決がなされていれば,同じように判断するのが合理的です。判例法の誕生です。

 また,先ほどの古き良き法の考え方からは,法は慣習の中から発見されるものでした。慣習法です。

 さらに,もちろん国家が法を作ることもあります。条文の形をとっている法です。すなわち制定法です。

 これらをひっくるめて「実定法」と言います。人為法ということもあります。

 

30 制定法は法より下位

 高次の法があるからといって,新たに法を制定することができないわけではありません。

 ただし,高次の法に反してはいけません。高次の法はあらゆる時代や場所に妥当する普遍的な法ですので,一般的なことだけを決めています。したがって,細かいところや具体的なところを決めることは許されます。たとえば盗みは罪だが,どんな刑を科すかは決めてよいということになります。

 このように,人が作る制定法は,高次の法よりも下位のものと位置づけられました。

 

31 制定法優位の時代へ

 その後,近代になり,法とは作られるものという考え方が支配的となっていきます。つまり,法とは実定法のことと考えられるようになります。

 実定法の中でもとくに,制定法が優位になります。

 おそらく,時代の進展とともに法典がたくさん制定され,先ほどお話ししたような制定法が不十分という事態がなくなっていったのでしょう。また,実定法のほうが内容は明確であり,明確だところころと内容が変わるようなことがなく安定しています。安定していれば安心して取引ができ,資本主義が発展します。

 ともあれ,これは少し先の話になります。

 

32 今回のまとめ

 いったんここまでとしましょう。

 今回から,とある植民地の独立について触れることとしました。その前提として,本国ではどのような法制度・法思想がとられていたのか,昔々の時代ではどのように考えられていたのか,王様の権限はどのように制約されていたのか,王よりも上位の法とはいったいどんなものとされていたのか,というお話をしました。

 どうしても権力者は好き勝手なことをしたくなりがちですので,そうはさせないぞと貴族たちが抵抗し,長い歴史の中で王様を縛る仕組みを築きました。その結果,王様も縛られ拘束されて,まあまあ大変そうでした。

 ところで,今のところ憲法がまったく出てきませんが,次回,ちゃんと出てきます。楽しみにお待ち下さい。

 

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「そういうわけで王様も,上位の法や昔々の約束をちゃんと守り,植民地に課税する法案を議会にはかったというわけですね」

「ギロチンは嫌じゃからな」

「無事に成立しました」

「めでたい。これで借金問題がなんとかなりそうじゃ」

「ただ,植民地が何か文句を言ってくるかもしれません」

「言ってくるかもしれんが,国家全体のことを考えたらやむを得んじゃろう。あいつらにも負担してもらわんとな」

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