三日目:近代国家とはどのような国家か

1 近代的な法とは?
 三日目は「近代国家」を取り上げます。
 「早く法律の話に入れよ」とお思いかもしれませんが,まあまあそう慌てずに。急いては事を仕損じます。じっくりやりましょう。
 前回で学んだように,これから私たちが学ぼうとしている「法」は明治時代に西洋から輸入した「近代的な法」です。
 法のイメージをつかむという本来の目的からすると,次は「近代的な法」すなわち「近代法」とはどのようなものなのか,という検討へと進むことになりそうです。

2 近代法と近代国家
 ところで,やはり前回学びましたが,近代的な法制度を備えていることは,近代国家となるための不可欠の条件でした。つまり,近代法があってはじめて近代国家となるのでした。ということは,近代法と近代国家は密接不可分の関係にあると言えます。
 そうすると,「なぜ密接な関係にあるのか」「なぜ近代国家には近代的な法制度が必要とされたのか」「そもそも近代国家というのはどのような国家なのか」を検討していくことで「近代法」がどのようなものなのかも見えてくると思います。
 そこで,三日目の今回は「近代法」そのものは後回しにして,まず「近代国家」を取り上げるわけです。

3 歴史から考える
 さて,「近代国家」ですけど,「近代国家とは何か」という概念的なアプローチをしても抽象論だと思いますので,ここでも歴史からのアプローチをします。「どういう経緯で近代国家が誕生したのか」から検討していきます。
 学習という観点からも歴史から考えるのは有益です。というのも,「なぜ現在このようになっているのか」「どういう経緯をたどってこうなったのか」という「時系列」「物語形式」で学ぶことができるからです。
 頭から「こういうものだから!」と力づくで覚えるのは大変です。それよりは,「こうなってこうなって,こうだからこうなった」というストーリーを押さえるほうが,はるかに理解も記憶もしやすいでしょう。
 ちなみに私もブームに乗って,『もう一度読む山川日本史』『もう一度読む山川世界史』を購入しました。マクニール『世界史』も読みました。単行本を買ったらすぐに文庫本が出ましたけど。

余談:歴史の知識は不可欠
 最近,石山文彦編『ウォーミングアップ法学』を読んでいたら,大学で学ぶ社会科学では,中学や高校で勉強した歴史の知識は当然に知っているものとして扱われる,歴史を知らずに社会科学を理解するのはほぼ不可能という記述がありました。
 すいません。歴史は大切どころではなく,法学を学ぶ上での不可欠の前提知識でした。今からでも歴史を学びましょう!

4 近代の前は?
 近代国家は,19世紀に,フランス革命をはじめとする近代市民革命によって成立した国家です。近代の前の中世封建制や絶対王政を打倒して生まれました。
 なぜ,それまでの封建制や絶対王政が打倒されるような事態になったのでしょうか?いったい何が起きたのでしょうか?

5 身分制
 皆さんは,中世についてはどんなイメージを持っていますか?
 騎士や教会や十字軍などでしょうか。あるいは宮廷の恋愛やら陰謀やらを思い起こすかもしれません。
 中世は封建制ですので,王様がいて,その家臣がいて,さらにその下に支配されている農民や商人や職人がいます。中世は身分制の時代でもあります。中世の次の絶対王政の時代でも,身分制は続いていました。
 身分制のもとでは,人は,生まれついての身分のままで一生を終えることが決まっていました。農民の子に生まれたら一生農民として,生まれたその土地でずっと生きてゆくのです。もちろん,中にはドロップアウトしてならず者になったり,あるいは成り上がって偉くなったりというような例外はあったでしょう。けれど,だいたい決まっていました。日本で言えば『カムイ伝』です。

6 身分制のメリット?
 世の中がこういう仕組みになっていると,「大人になったらどんな仕事をすればよいのか」「転職したり引っ越ししたりしたほうがよいのか」「人生いかに生きるべきか」といった難しいことを考えずにすみます。なにせ生まれるや否や,自分の職業や住所は全部決まってしまい,自身の力では変えようがないのですから。
 こういうところだけ見ると,この時代はかえって気楽だったのかもしれません。王様は王様らしく,貴族は貴族らしく,農民は農民はらしく生きてさえいればよかったのです。自分探しの旅に出る必要はありませんでした。

7 身分制は社会の安定に役立つ?
 そして,「王様は王様だから偉い」ということで思考が停止するでしょうから,あえて自分が取って代わってやろうという気にもなりにくいです。したがって,下剋上のような事態もあまり生じないでしょう。下克上は,「あいつよりも俺のほうが優秀だ,優秀な人間がトップに立つべきだ」と考えたときに始まります。「あいつが王様なのは王様だからだ」で納得してしまえば,取って代わろうという気持ちは生じません。
 そうすると,身分制は安定した社会をもたらすという意味もあったと言えます。

8 身分制反対!
 しかし,現代人の私たちからすれば,「身分制はおかしい,人間は皆平等のはずだ」「生まれたときに一生が決められてしまうなんておかしい,人生は自分の自由意思で選ぶことができるはずだ」と思うはずです・・・思いますよね?
 まさに,人々がそう考えるようになった結果,市民革命が起きて身分制は打破され,自由平等の世の中である「近代」に入るのです。

8 啓蒙思想の登場
 なぜ人々がそう考えるようになったのかというと,まずは「啓蒙思想」が登場したことがあげられるでしょう。
 啓蒙というのは「蒙」を「啓(ひら)」くということですが,「蒙」とはくらいという意味で,「啓」とは明るくするという意味です。啓蒙とは,理性を用いることで迷信に満ちた暗い世界から明るい世界へ抜け出よう,というような意味になります。
 おまえら無知「蒙」昧の輩をおれたちが「啓」発してやるぜというわけです。こう書くと何だか余計なお世話だって感じにもなりますね。

9 理性の重視
 17世紀あたりから,自然科学が急激に進歩しました。ガリレイの地動説や,ニュートンの万有引力の法則です。
 自然科学の進歩に伴い,非合理的な迷信よりも,理性に従ったほうが万事うまくいくことが明らかになっていきます。
 例えば医学なんかはとくにそうだったでしょうね。祈祷してもらうよりも科学的な理性に基づいて治療してもらうほうが治りそうです。

10 社会思想の登場
 このように理性が重視されるようになると,科学技術の世界だけでなく,政治社会についても理性でとことん突き詰めて考えようという人が出てきます。
 そして,突き詰めて考えていくと,
「生まれついての身分?なんで勝手に決められてんの?」
「自分の理性で判断して,自分が好きなことしたらいいんちゃうの?」
「好きな人と結婚できるはずやろ?なんで誰かに結婚相手を決められなあかんの?」
「そもそも王様はなんで偉いのよ?神様が決めたから?神様の前にみんな平等やないの?ていうか,そもそも神様なんておるの?」
「なんで国家に従わないとあかんの?」
「自分の意思に反して一方的に義務を課せられるなんておかしいよね?自分で決めたわけでなければ,従う必要ないよね?」
というような疑問というか考え方が生じてくるのも当然だったと言えるでしょう。
 こうして,人間は本来自由のはずだ,人間はみな平等のはずだという思想が生まれることとなります。啓蒙思想,社会思想の登場です。

11 商人階級の台頭
 他方で,自然科学の進歩は機械を使った大量生産も人類にもたらしました。そうすると,生産力も向上し,大量生産を行う商人がどんどん力をつけていきます。
 そして,商人は考えます。
「もっと工場を作って,たくさん生産して,たくさん売れば,もっともっともうかるはずや」
「けど,身分制やと,農民を工場労働者として雇うことがでけへんし,遠くの農民を工場の近くに引っ越しさせて雇うこともできへん。なんせ身分制やから,農民はずっと農民のままや。こんな身分制は金もうけに迷惑や。なんとかならんか」
「工場を作るには土地が必要やから,農民から土地を買いたいところや。けど,身分制やと農地の売買は禁止されてる。農民が農地をなくしてもうたら,もはや農民とは言えへんくなるていう理由や。やっぱり身分制は迷惑や」
 このように,大量生産をしたい商人にとって,身分制は迷惑きわまりなかったのです。

12 商人の要求と啓蒙思想の合体
 商人がこう考えているところへ,先ほどの啓蒙思想が広まっていきます。
「生まれついての身分なんておかしいやろ,人は平等のはずだ。自由に好きな仕事につけるようにすべきやし,自分の持っている物は自由に売ったりできるようにもすべきや」
「そのほうが経済も発展する。そうすれば,物が豊かになり,みんなが裕福になって幸せになれるやないか」
 こうして,金儲けをしたいという「ホンネ」と啓蒙思想という「タテマエ」とが合体します。
 両者が合体すると凄まじいエネルギーが放出されました。そして,その凄まじいエネルギーが,ついには王様を打倒し,近代市民革命が起きたのでした。
 もちろん,革命の原因は他にもたくさんありますけど,大ざっぱに言うとこんな感じということでお願いします。

13 近代国家の誕生
 この市民革命により生まれたのが近代国家です。
 つまり,近代国家というのは身分制を打倒してできあがった国家であり,人間の自由平等を実現しようという国家だったのです。

14 人権宣言
 ・・・もしかしたら,ほんまかいなと疑っている方もいるかもしれません。根拠をお見せしましょう。各国の人権宣言です。
 世界史で学習したと思いますが,アメリカの独立宣言には,「すべての人間は平等につくられている。創造主によって,生存,自由そして幸福の追求を含む侵すべからざる権利を与えられている」と記述されています。
 独立宣言の少し前のバージニア権利章典にも,第1条において「全ての人は生まれながらにして等しく自由で独立しており,一定の生来の権利を有している」と明記されています。
 フランス人権宣言の第1条もそうですね。「人は,自由,かつ,権利において平等なものとして生まれ,生存する」とあるのです。
 このように,各国の人権宣言において,人の自由平等が高らかに謳われています。近代国家が自由平等を目指していたことは明らかですよね。それまでは自由平等でなかったからこそ,人権宣言で謳われたとも言えます。

15 一般教養だけれども念のため
 ・・・え,それくらい知っていた?当然の常識?一般教養?
 ただ,例えば司法試験に受かっている司法修習生でも,ろくに世界史を知らなかったりするのがいるんですよ。「はあ?近代社会?なにそれ?」てなことを言い出すのが実際にいたんです。
 ですので,いちおう念のために一般教養からお話をしております。

16 次回は近代国家と近代法
 本日は,近代国家というのは,身分制を打倒して,人間の自由平等を達成するために生まれた国家だということを確認しました。
 次回は,このような近代国家において「法」はどのような役割を果たすことになったのか,「法」が近代国家の不可欠の要素とされたのはなぜなのかを検討しましょう。

余談:二日目の補足
 二日目では,近代法を輸入して近代国家になろうとしたのは,不平等条約改正のためであったとお話ししました。
 しかし,近代国家を目指したことには,他の理由もあります。
 黒船来航から,日本は列強諸国の国力を目の当たりにします。明らかに日本の国力は劣っていました。実際,下関戦争で長州藩は欧米に大敗しました。攘夷なんてとても無理だと思い知らされたのです。
 なぜ,このような差が生じているのだろうかと,当時の人々は考えました。単なる技術力の差ということであれば,戦国時代に鉄砲の技術を学んだように,江戸幕府が科学技術を学べば追いつきそうです。しかし,西洋と接触するうちに,技術力だけの問題ではないことがわかってきます。
 そして,どうやら「国のあり方」を根本的に改めないといけないということが判明します。欧米の国力は,商人が自由に商売し大量生産を行うことで経済を発展させていることが原因らしいと気づいたのでした。
 ならば日本もそうしよう,商人を育てて経済を振興させよう,そのためには身分制は不適切のようだ,西洋のような近代国家にならないと商人は育たない,日本も近代国家になって国力を向上させて,日本が植民地にされることは何としてでも防がなくては!
 近代的な法制度を輸入して近代国家を目指したことには,こういう考え方も背景にあったのです。

余談:補足の補足
 さらに言うと,「国のあり方」として封建制から中央集権国家へということも一つの原因だったのですが,それはまた憲法でお話ししましょう。