民法初伝三日目補講:不法行為の要件補足


1 補講
 不法行為についてはまだまだいろいろとテーマがあります。全部は拾いきれませんが,いくつかのテーマについて,とくに要件について少し補足しておきます。補講ですのでさくさく先に進みたい方は飛ばしてもかまいません。

補足:一般不法行為と特殊不法行為
 前回は民法709条を中心に検討しました。
 ところで,不法行為の条文は,民法709条から民法724条まであります。六法で確認しましょう。このうち,民法714条から民法719条までは,民法709条とは少し違う不法行為について規定しています。どう違うかというと,不法行為の成立要件が異なります。詳細は応用編になるので省略しますが,これらは過失責任の原則を修正しているのです。
 民法709条を「一般不法行為」,民法714条から民法719条までを「特殊不法行為」と言います。まずは一般不法行為をマスターしましょう。

2 人身事故
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<問題1>
 Xは,横断歩道を歩いて渡っていた。そこへ,Yが運転する普通乗用自動車が時速40kmで交差点に進入してきたが,このときYは,たまたま携帯電話が鳴ったのでそちらに気を取られており,赤信号を見落としていた。そのため,横断歩道上にいたXはYの自動車にはねられてしまい,全治1か月のケガをして治療費100万円を負担した。Xは,Yにいかなる請求ができるか。
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 前回学習した事例と同じく,交通事故の事例です。ただし,前回は物損事故だったのに対し,今回は人身事故という違いがあります。

3 <問題1>の検討
 <問題1>は,前回と同じようにしていけば解けるかと思いますが,いかがでしょうか。
 まずは常識的に,Xならどういう要求をしたいかを考えるのでした。次に,法律的に考えます。問題となるのは不法行為ですから,民法709条の問題です。ここまでは前回と同じです。
 前回と異なるのは,Xの自動車が壊れたわけではなく,Xがケガをしたというところです。以前学習したように身体は所有できませんので,Xの所有権が侵害されたわけではありません。この点の違いは,不法行為の要件に影響を与えるでしょうか?

4 違法性の要件
 影響するのは違法性の要件です。
 前回お話ししたように,平成16年改正前民法においては,民法709条は「他人ノ権利ヲ侵害シタル」となっていたので権利侵害とは言えない場合も含むかという解釈問題がありました。
 しかし,現在の条文の文言では「法律上保護される利益」を侵害した場合でもよいとなっています。「身体を不当に害されない」という利益が「法律上保護される利益」に該当することは間違いないでしょう。したがって,<問題1>のように身体にケガをした場合でも,「法律上保護される利益」が侵害されていますので,違法性の要件を満たします。

補足:平成16年改正前民法ならどうか
 なお,平成16年改正前民法でも,「他人ノ権利ヲ侵害シタル」は広く違法性のことだと解釈されていましたので,身体を害されてケガさせられた場合も要件を満たすという結論になります。つまり,結論としては同じになります。
 ただ,その結論に至るまでの過程が違うのです。法律論では結論に至る過程が大切です。他人にケガをさせた場合が不法行為にならないというのでは,被害者は損害賠償請求できないこととなって常識的にもおかしいのですが,法律論である以上はおかしいというだけではダメで,きちんと理詰めで考える必要があります。

補足:民法710条
 条文をよく読んでいる方は,民法709条の次の民法710条があるじゃないかと思っておられるでしょう。
 この条文は,「財産以外の損害に対しても,その賠償をしなければならない」という規定ですので,財産以外の損害,すなわち精神的な損害についての賠償である慰謝料請求権について規定しています。
 ただ,条文の前半で,「他人の身体,自由若しくは名誉を侵害」した場合にも「前条の規定により損害賠償の責任を負う」ことが前提として示されています。したがって,身体にケガをした場合が法律上保護される利益の侵害にあたることは,この条文からも明らかです。

5 「他人ノ権利ヲ侵害シタル」についての2つの重要判決
 この「他人ノ権利ヲ侵害シタル」については,「桃中軒雲右衛門事件」と「大学湯事件」が有名です。いずれも改正前民法の時代の判決ですが,押さえておかなければならない重要判例です。

6 雲右衛門事件
 桃中軒雲右衛門は「とうちゅうけんくもえもん」と読むそうです。人名です。いかにも古風なお名前からもわかるように,明治大正時代に浪曲で大変な人気があった方だそうです。
 ある会社がこの雲右衛門のレコードを発売したのですが,「雲右衛門の浪花節の著作権は自分が有している,なのに自分の許可なく勝手に会社が販売している,けしからん!不法行為だ!損害賠償請求だ!訴えるぞ!」と,あるドイツ人がその会社を訴えたのが桃中軒雲右衛門事件です。

7 雲右衛門事件大審院判決
 当時は最高裁ではなく大審院だった時代ですが,大審院は,大正3年7月4日,ドイツ人の請求を棄却しました。
 その理由として大審院述べたのは,音右衛門の浪花節は音楽とは言えないので著作物に当たらない,したがって著作権も生じない,生じないものの侵害はできないから著作権侵害にもならない,著作権侵害にならない以上は民法709条の「他人ノ権利ヲ侵害シタル」にもならず不法行為の要件を満たさない,というものでした。「浪曲」なんて低級音楽なんだから,著作物になるものではないとされています。
 現代では「浪花節」「浪曲」と言われてもピンと来ないと思いますけど,当時は低俗なものとされていたようです。しかし,高級音楽と低級音楽の区別をどうつけるんだろうという気もします。
 ともあれ,大審院は,雲右衛門事件において,「他人ノ権利ヲ侵害シタル」の文言を,文字通り,法律において認められた具体的な権利に限定して解釈したわけです。

8 雲右衛門事件判決に対する学者の反応
 この雲右衛門事件判決に対しては,多くの学者は,それでは不法行為の成立範囲が狭くなりすぎるのではないかと批判していました。具体的な「権利」の侵害しか不法行為の要件を満たさないようでは被害者の救済が十分できないのではないか,ということです。
 このように,判例を分析し,他の判例との整合性を検討し,判例の射程範囲を考え,おかしな判例は批判するといったところも法学者の仕事の一つです。
 しかし,大審院判決が出てしまっている以上は批判ばかりしていても仕方ないので,この判決を前提にして考えようとした学者もいます。つまり,なるべく広く「権利」を認める方向で理論を組み立てようというわけです。不法行為の対象となる「権利」と,なんらかの具体的な請求ができる「権利」とは,言葉は同じだが別のものだ,不法行為の対象となるほうは広めに考えるのだというのも一つの考え方です。

9 大学湯事件
 それから10年ほどたった大正14年11月28日に,大審院は,大学湯事件判決を出します。事案はこんな感じです。
 XはYから銭湯の建物を借り,銭湯を経営していました。銭湯は大学の近くだったことから「大学湯」という名称を使っていました。大学はどうやら京都帝国大学のようです。しばらくして,Xは銭湯の経営を辞めることとなり,建物を借りる契約を解約してYに建物を返します。すると,Yは,別の第三者Aにあらためて建物を貸し,銭湯も営業させました。それだけでなく,Aに「大学湯」という名称の利用も許しました。するとXは,「『大学湯』という名称は以前,自分がお金を出してYから買い取ったものなのに,YはAに『大学湯』を使用させている。不法行為だ!損害賠償だ!訴えるぞ!」と言ってYを訴えたのでした。

10 大学湯事件判決(原審)
 問題は,「大学湯」という名称,老舗,暖簾,あるいはブランドですが,これははたして「権利」なのかです。
 関係しそうなものとして商標権がありますが,これは特許庁に出願をして審査を経てはじめて成立するものです。「大学湯」は商標ではなかったようです。したがって,「大学湯」は単なる名称であり,経済的価値のある老舗,暖簾ではあっても,権利ではなかったのです。
 権利でないとすると,「他人ノ権利ヲ侵害シタル」の要件を満たさないことになりそうです。雲右衛門事件判決からすると,論理的にそうなるはずです。実際,原審(大阪控訴院と思われます)はそういう判決を出し,Xの損害賠償請求を棄却しています。

11 大学湯事件判決(大審院)
 ところが,大審院は,侵害される対象が具体的な権利でなくても法律上の利益であればよいと言います。条文に「他人ノ権利」と書いてあるからといって具体的な権利に限られるとしてしまうと,どんな権利が侵害されたかという理屈の考察にとらわれてしまい,大局的な観点で不法行為に基づく救済を与えるべきかどうかを考察することを忘れてしまうから妥当でない,とも言っています。結論として,原審の判断を否定し,本件では大学湯という名称を勝手に使われていることでXの利益が侵害されているとして,Xの損害賠償請求を認めたのです。
 このように,大学湯事件で判例は変更され,「他人ノ権利ヲ侵害シタル」は法律上保護される利益の侵害であればよいとされたのでした。

12 権利侵害から違法性へ
 大学湯事件をきっかけに,末川博先生は,法律上保護される利益が違法に侵害されれば,権利の侵害がなくても不法行為が成立すると主張しました。
 末川先生によれば,民法709条に書いてある権利が侵害されている状態というのは,違法性の一つの手がかりでしかないとされます。つまり,権利侵害があるかどうかが決定的なのではなく,違法かどうかが不法行為成立の決め手なのだということです。ですので,権利の侵害がなくても,違法と評価されるような行為によって他人に損害を与えたときは,不法行為の成立が認められなければならないというわけです。民法709条の「他人ノ権利ヲ侵害シタル」という文言を,違法性の例示と解釈したと言えるでしょう。
 末川先生のこの理論は,「権利侵害から違法性へ」というスローガンで表現されています。理論の背景にはドイツ民法の不法行為制度があるようです。

13 違法性の判断基準
 大学湯事件によって,「他人ノ権利ヲ侵害シタル」は法律上保護される利益の侵害と解釈されるようになったわけですが,じゃあ具体的などんな場合ならこれに該当するのかというところがはっきりしません。法律上保護される利益とは何なのか,どういう場合に侵害されたと言えるのかについて,もう少し具体的な判断基準が欲しいところです。

14 相関関係説
 我妻榮先生は末川先生の考え方を発展させ,違法性の判断基準として「相関関係説」を主張されました。
 この考え方は,①被侵害利益の性質・種類と,②侵害行為の態様の2つの相関関係で判断するというものです。①と②の相関関係で判断することから相関関係説という名前がついています。
 相関関係説は,さらに加藤一郎先生に受け継がれ,洗練されます。①被侵害利益が非常に重要なものであれば,②侵害行為がある程度小さなものであっても違法となります。また,①被侵害利益がさほど重要なものでなくても,②侵害行為がきわめて悪質だったらやはり違法となります。たとえば,所有権は強く保障されている権利ですので,非常に重要と言えます(①)。したがって,侵害行為がちょっとしたものだったり過失に基づくものであっても違法となります(②)。

15 国立マンション事件(判例百選2・86事件)
 せっかくですので,違法性が問題となった判例も検討しましょう。ついに判例百選の事件の登場です。詳しくは判例百選をお読みください。簡略化してご紹介します。
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<問題2>
 某市では,地元住民が景観保全に力を入れてきたため,大学通りと呼ばれる美しい通りでは高さ20mの銀杏並木を超えるような建築はしないというのが住民間での暗黙の了解となっていた。
 ところが,不動産会社Yは,条例によって建築物の高さが制限されているわけではなかったことから,景観を見下ろすような高層マンションを建てれば高値で売れるだろうと考え,大学通り沿いの土地を購入し,某市に高さ40mのマンションを建築しようとした。それを知った地元住民が反対運動を起こし,建築物の高さを20mに制限する条例が新たに制定されることとなった。しかし,Yは,条例が制定される前にすでにマンション建築工事を開始していたため,条例の効力が及ばず,高さ40mのマンションは完成した。
 地元住民の一人であるXは,高さ40mのマンションのせいで自身の良好な景観を受ける利益が侵害されたとして,Yに対し,不法行為に基づく損害賠償請求の訴訟を起こした。
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 某市といっても事件名になっているのでバレバレですが,まあいいでしょう。
 実際の事案は,建築禁止を求める訴訟や20mを超える部分の撤去を求める訴訟も合わせて提起されていたり,登場人物も多くなっていたりで,もっと複雑です。行政訴訟の知識が必要です。その後,元市長が訴えられたりもしています。

16 景観利益は法律上保護される利益か
 不法行為の学習において重要となるのは,Xが主張している「景観利益の侵害」というのは「違法性」の要件を満たすかというところです。
 続きを読む前に,是非,先ほどの相関関係説に<問題2>の諸事情をあてはめるとどうなるか考えてください。なお,法律上は「景観権」という権利はありません。

17 国立マンション事件判決
 最高裁は,良好な景観であればそれを享受する個人の利益は法的保護に値するとしました。
 ただし,違法な侵害となるかについては,被侵害利益である景観利益の性質と内容,当該景観の所在地の地域環境,侵害行為の態様,程度,侵害の経過等を総合的に考慮して判断すべきであるとしました。先ほどの相関関係説そのものではありませんが,けっこう似ていますね。相関関係説の影響を受けた判決と言えます。判例に影響を与えるのも学者の仕事です。
 続けて,最高裁は,景観利益は生活や健康に関わるようなものではないし,どこまでの景観が保護されるべきかは,景観保護と引き換えに一定の不便を強いられることとなる地域住民の間でも意見が分かれるだろうから,本来は民主的に政治によって決められる筋合いのものであり,したがって重要さはさほどではないと言います(①)。
 そうすると,違法となるためには,侵害行為が強度であること,具体的には刑罰法規違反だったり行政の規制違反だったり公序良俗違反や権利濫用といった,「社会的に容認された行為としての相当性を欠く」場合であることが必要があるが,しかし,本件ではそのような事情は認められないとしました(②)。
 よって,「違法性」の要件が否定され,Xの損害賠償請求は棄却されたのでした。

補足:公序良俗違反
 「公序良俗」とは,公の秩序および良風の風俗のことです。しかし,公の秩序も良風の風俗も抽象的でいまいちイメージがつかめないかもしれません。両者がどう違うのかもよくわかりません。とりあえず,両方ひっくるめて社会常識,あるいは社会的な妥当性のことと思っておけばいいでしょう。
 公序良俗に違反する行為は,民法90条により無効とされています。本来は,私的自治の原則により,自由に行為できるはずです。しかし,何でもかんでもしてもよいとなると,社会常識にあまりに反する事態が生じることがあります。例えば,以前ちょっとお話しした臓器の売買のような,人倫の著しく反する場合です。そういう場合に民法90条が適用され,公序良俗に反するとして無効とされます。

補足:権利濫用
 民法1条3項により,権利の濫用は許されないとされています。権利なので自由に行使できるのが原則なんですが,社会的に妥当とされる範囲を逸脱しているような権利行使は濫用であって許されないということです。
 先ほどの公序良俗違反と似ていますが,公序良俗違反のほうは「行為」が無効となるのに対し,権利濫用のほうは「権利行使」が許されないという違いがあります。まだよくわからないかもしれませんが,今はあまり深入りしなくていいでしょう。

18 国立マンション事件判決の評価
 最高裁が,良好な景観なら法的に保護されるとした点は学者から評価されているようです。原審では,景観利益は「法律上保護される利益」に該当しないとされており,そのため不法行為は一切成立しないという結論になっています。
 他方で,最高裁が違法かどうかの判断において「社会的に容認された行為としての相当性を欠く」場合に限られるとした点については,そのように限定してしまうと実際にはなかなか不法行為が成立しなくなってしまいそうと言われています。<問題2>のように,条例違反ではない場合にこそ民事で不法行為による救済が必要となるはずなのに,違法となる場合として行政の規制違反があがっているのはおかしいという指摘もあります。

19 回答例
 「XによるYに対する損害賠償請求が認められるか」という事例問題として<問題2>が出題されたとして,回答例も載せておきます。あくまで一つの例です。
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 XによるYに対する損害賠償請求が認められるためには,不法行為(民法709条)の要件を満たす必要がある。
 不法行為の要件は,①故意または過失により,②権利または法律上保護される利益を侵害し,③損害が発生し,④加害者の行為によって損害が発生したという因果関係があることである。
 本問では,Xの良好な景観の恵沢を享受する利益すなわち景観利益の侵害が問題となっているが,景観利益は法的な「権利」ではないため,「法律上保護される利益」(要件②)に該当するかが問題となる。
 今日においては,景観法や景観条例によって良好な景観の保護が図られている。よって,景観利益は,法律上保護される利益にあたる。
 次に,法律上保護される利益にあたるとしても,いかなる場合に違法な「侵害」(要件②)となるのか,その判断基準をどのように考えるかが問題となる。
 景観利益を保護することは,地元住民に一定の財産的規制を伴うこととなる。そうである以上,本来は,民主的な手続において利害調整を行ったうえで,法律ないし条例によって景観利益の保護を図るのが原則である。
 そこで,違法な侵害となるかについては,被侵害利益である景観利益の性質と内容,当該景観の所在地の地域環境,侵害行為の態様,程度,侵害の経過等を総合的に考慮して判断すべきである。
 本問では,景観利益は,生命にかかわるほどの重要性はない。しかし,某市では,地元住民が景観保全に力を入れてきたことで,大学通りと呼ばれる美しい通りが形成されたという経緯がある。すなわち,Xをはじめとする地元住民があえて高層建築をしないという負担を自らに課すことで形成されたものであり,単なる自然に生じた環境とは異なる面がある。
 他方で,不動産会社Yが高層マンションを建築したのは,そのような景観を利用することで利益を得ようとしたものであり,高層マンション建築行為は,一方で景観を利用しつつ,他方で景観を損なうような行為だったと言える。そうすると,高層マンション建築が条例に違反するものではなかったとは言え,地元住民の負担によって形成された景観利益を利用しつつ,自らの利益のためだけにその景観を損なうような行為は権利の濫用というほかなく,社会的に容認された行為としての相当性を欠くというべきである。
 よって,違法な「侵害」にあたり,②の要件を満たす。
 そして,Yは,自らの行為によってXの景観利益を侵害することを知っていたから故意があり(①),その行為によってXに損害を与えている(③④)。
 したがって,不法行為の要件を満たすから,Xは,Yに対し,不法行為に基づく損害賠償請求ができる。
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20 回答の冒頭
 冒頭は,「問いに答える」形で始めましょう。「XによるYに対する損害賠償請求が認められるか」と問われているのですから,「XによるYに対する損害賠償請求が認められるためには」で始めることになります。
 本問のように具体的な権利(効果)が問われるのではなく,「いかなる請求ができるか」「法律関係を論ぜよ」というタイプの問いの場合もあります。この場合は,「XとしてはYに~請求をしたいだろうと考えられる。~請求が認められるためには」という書き方になります。
 なお,条文を引用することは必須です。何法の第何条なのかが書かれていないと法律論になりません。括弧書きでもいいですし,「民法709条の不法行為」という書き方でもどっちでもいいでしょう。

21 要件を指摘する
 「認められるためには」の次には,その権利(効果)に対応する要件を書きます。覚えてしまっているならすらすらと書けるでしょう。そうでなくとも,六法で条文を確認すれば要件が出てくるくらいにはしておきたいところです。ここは暗記が必要な部分です。学問ですので暗記も必要です。

22 問題となる要件を指摘する
 指摘した要件をすべて満たすなら「認められる」,どれかでも満たさないなら「認められない」という結論になります。論理的ですね。
 何の問題もなくすべての要件を満たすならそれで答案が終わってしまいます。しかし,そういう問題はたぶん出題されないでしょうから,問題文からするとどの要件がポイントなのかを考えます。そして,回答でも指摘します。場合によっては複数の要件がポイントとなることもありえます。この問題では②の違法性の要件1つだけですので,②が問題となることだけ指摘しています。
 なお,他の要件を満たすことが明らかなときは,この段階でそれらの要件を満たすと書いておいてもいいでしょう。

23 解釈上の問題点の指摘
 最高裁判例の論理で行くと,まず「法律上保護される利益」に該当するか,次に該当するとしてその利益の「侵害」となるかという二段階で違法性の要件を検討することになります。
 そこで,回答例でも,二段階に分けて検討しています。条文のどの文言の解釈問題なのか,なぜその文言の解釈が問題なのか,回答の中でもはっきり指摘しましょう。法学は条文解釈学です。
 また,何についてこれから検討するのかを明確にさせるため,「~に該当するかが問題となる」「判断基準をどのように考えるかが問題となる」という文章を入れています。皆さんの好みで他の表現でも構いませんが,こういう文章を入れるのは,その後何について論じるのかを読み手に伝えてわかりやすくするためです。結城浩『数学文章作法基礎編』にも書いてあるように,文章を書く上では読者のことを考えることがとてもとても大切です。答案においても。

24 文言解釈
 厳密には,「法律上保護される利益」に該当するかのほうも,判断基準を示したうえで景観利益はそれにあてはまるかという流れになるはずです。しかし,なかなか一般的な判断基準は難しいかと思いますし,最高裁判決も触れていないようですので,回答例でははしょっています。
 「侵害」の判断基準について,最高裁判決の基準を覚えていればそのまま書きましょう。なかなか正確に覚えられていないかもしれないので,だいたい合っていればOKでしょう。あるいは,最高裁判決の基準でなく相関関係説で回答してもよいでしょうけど,判例百選に載っている最高裁判決がある以上,できればその基準で回答したいところです。
 なお,最高裁判決の基準がどのような理屈で導かれているのかは,いまひとつはっきりしないような気もします。回答例では「そこで」としていささか強引に最高裁判決の基準を導いていますが,論理必然ではありません。もう少しよい導き方,いわゆる論証があるかもしれません。

25 解釈によって導いた基準へのあてはめ
 さて,解釈によって一般的な判断基準が導かれたので,あとは問題文の具体的な事実をその基準にあてはめます。一般論と具体的な事実を厳密に分けることは何度かお話ししているかと思いますが,決して混ざらないようにしてください。
 回答例では「本問では」からがあてはめです。最高裁判決の結論とは別の結論にしてみました。これもありなんじゃないかと思いますけど,いかがでしょうか。

26 結論を出す
 違法性の要件を満たさなければ,他の要件を検討するまでもなく,「Xの請求は認められない」となります。
 しかし,回答例のように違法性の要件を満たすとすれば,他の要件も検討する必要があります。全部の要件を満たさないと効果は生じません。全部要件を満たすことを軽く触れて「Xの請求は認められる」と書いて締めます。
 いずれの結論にするにせよ,結論を書くのを忘れてはいけません。最後まで気を抜かずに。

余談:相関関係説への批判
 相関関係説に対しても有力な批判があります。
 まず,過失が客観的な行為義務違反と考えられるようになったことから,違法性の判断と重なるのではないかという批判です。客観的な行為義務違反を判断するということは,そもそも行為者がどのような義務を負っていたかを判断することであり,それには危険の大きさや被侵害利益の重大さ等を総合的に検討する必要があるからです。
 また,古い考え方に立って過失を主観的に考えるとしても,相関関係の判断の中で,行為者の動機や故意過失も考慮されるとなると,やっぱり重なることになります。
 そこで,違法性の要件はもう要らないから,過失の要件の中で全部判断してしまおうという「過失一元論」,あるいはむしろ違法性の要件で総合判断すべきという「違法一元論」が主張されています。

余談:学説の選び方
 こんな感じで議論が繰り広げられ,現在,不法行為の要件をどう考えるかについて,いろんな考え方が入り乱れています。不法行為という基本的な制度なのに考え方が学者によってバラバラというのも不思議な感じがするかもしれません。また,どうやって学習したらよいんだと戸惑うかもしれません。
 どの考え方が正しいというものではありませんので,基本的に深入りする必要はないでしょう。
 まずは①故意過失,②違法性,③損害の発生,④因果関係という4つの要件を押さえれば十分です。そして,<問題2>のようなケースだけ,②違法性のところを論じます。そうでないときはいちいち論じる必要はないでしょう。
 例外となるのは,大学などでこのあたりについて深い講義があった後に試験で出題された場合でしょうか。まあ,各自で学習していただくしかありません。

27 大阪アルカリ事件(判例百選2・80事件)
 もう一つ,判例百選の事件を取り上げておきます。有名な「大阪アルカリ事件」です。事案を簡略化するとこんな感じです。
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<問題3>
 Yは,薬物工場を経営していたが,工場から噴出したガスのため近隣で農業を営んでいたXの農作物が枯れてしまった。そこで,Xは,Yに対し,不法行為に基づく損害賠償請求の訴訟を提起した。
 訴訟において,Yは,薬物工場は法律上容認された行為だし,現在の技術者のなしうる最善を尽した以上不法性はないと主張した。
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 やはり民法709条の問題です。

28 大阪アルカリ事件原審
 原審(大阪控訴院)は,Yは薬物工場を経営しているのだから,ガスが排出されていることを知らないはずがないし,ガスが付近の農作物に悪影響を及ぼすことを知らないはずもないし,仮に知らなかったとしたら調査研究を不当に怠ったものと言えるとして,Yに「過失」があるとしてXの請求を認めました。

29 大阪アルカリ事件大審院判決
 これに対し,大審院は,大正5年12月22日,化学工業に従事する者が,事業を行うことで生ずるかもしれない損害を予防するために相当の設備を施したと言えるなら,たまたま他人に損害を生じさせたとしても,「過失」はないから損害賠償責任を負うことはない,としました。そして,原審はYが相当の設備を施したかどうかについて審理していないからやり直し!と述べて,原審に差し戻したのでした。
 ちなみに,差し戻された原審は,審理したが,Yはその当時の技術者がなしうる適当な防止策を講じていないから相当の整備が施されていないとして,やはり,Yには「過失」があると判断してXの請求を認めています。ただ,適当な防止策の内容としてかなり高度なレベルのものを求めたようで,Xをなんとか助けてあげようという姿勢があらわれた判決だったようです。

30 過失の判断
 原審は,Yが知っていたかどうかということをもって「過失」を判断しています。これに対し,大審院は,Yが相当の設備を施したかどうかで「過失」を判断するとしています。つまり,原審が過失を主観的に考えたのに対し,大審院は客観的にとらえているわけです。この大審院判決が,過失の客観化のリーディングケースとされています。

余談:過失か違法性か
 なお,Yが「不法性はない」と主張しているように,むしろ過失の問題ではなく,違法性の問題なのではないかという指摘もあります。そもそも過失と違法性の関係をどうとらえるかによって話が変わってきます。やはり,深入りはしないことにします。

31 まとめ
 今回の補講では,いくつかの有名な最高裁判決を簡単に検討しました。それに伴い,不法行為の要件についてさらに詳しくお話ししました。有名判決は事案と判決を軽く説明できるようにしておくとよいでしょう。詳しくは判例百選をお読みください。また,民法709条の要件については,整理して覚えておきましょう。

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