四日目:いきなり司法試験の過去問を解いてみよう

1 所有しないと生きていけない
 人は,生きていくために,多くの物を消費したり使用したりします。食べ物を食べないと死んでしまいますし,服を着たり家に住んだり車に乗ったり本を読んだりにもすべて物が関わってきます。
 たとえば賃貸アパートに住むように,他人の物を利用させてもらう場合もあります。しかし,食べたり消費したりする場合には,自分の物でないといけないでしょう。何かを所有することがなければ,人は生きていくことができないとも言えます。
 わたしたちは,自身の所有物に囲まれて生きています。

2 他人と取引するためには何かを所有していないといけない
 経済活動という観点でも考えてみましょう。
 他人と取引するということは,自分の所有する物を売って相手からお金を手に入れるということです。
 したがって,もし自分が何も所有していないと,つまり無一文だと,取引の相手にしてもらえません。取引に参加するためには,何か財産を持っていることが前提として必要です。
 というわけで,経済活動を行うという面からも,やはり何かを所有していることが必要です。
 生活という面でも経済活動という面でも,何かを所有するということが大前提になっています。
 そこで,民法の最初に学習するものとして,まずは「所有権」を取り上げることにします。

余談:有産者のための法
 上述しましたように,何も持ってない人は取引活動ができません。そうすると,取引について規定している民法の対象外ということになります。このことから,民法は金持ちのための法だと言われることがあります。
 民法が財産を持っている人のための法という面があることは間違いありません。もともと,民法はそういうものとして誕生しています。そもそも貧困問題を解決するのは,民法の問題ではなく社会福祉の問題です。
 また,民法は,当初は金持ちのための法でしたが,少しずつ一般市民のための法に転化していったと考えることもできるでしょう。
 そういうわけで,民法は金持ちのための法だからけしからん,弱者を無視しているといった批判をすることは,少し的外れだと言われてしまいそうです。

3 所有の歴史
 所有というのは日常用語でもありますので,人が何かを所有するというのは当たり前のことのように思えます。
 ところが,所有することがしっかり保障されるようになったのは,つい最近のことです。所有権を学習するにあたって,最初に所有の歴史をたどってみましょう。

4 フランス人権宣言17条
 法学入門にも出てきたフランス人権宣言を見てみましょう。六法には掲載されていないかもしれませんが,ネットか何かで見つかると思います。その最後の条文である17条には,「所有は,神聖かつ不可侵の権利である」と厳かに書いてあります。所有は神聖にして侵すべからずとすごいことが書いてあります。
 わざわざフランス人権宣言がこう宣言しているということは,近代より前の時代では,所有は神聖でない侵すことのできる権利だったということです。

5 かつては所有は保障されていなかった
 近代になるまでは,人が何かを手に入れたとしても,その所有はしっかりと保障されたものではありませんでした。乱暴な領主や王様に,いつ自分の財産を取り上げられてしまうかわかったものではありませんでした。
 このような状況では,自由な経済活動などできません。先ほどお話ししたように,所有権を保障することは,自由な経済活動を行うための前提条件です。
 だからこそ,法学入門でお話ししたように近代革命が起こったわけですし,フランス人権宣言で「所有は神聖かつ不可侵の権利」なのだと宣言されたわけです。

6 所有権の保障
 フランス人権宣言に書いてあるように,近代以降は,所有権をみだりに侵害することはできません。所有権をとくに侵害しそうなのは唯一の実力を有している国家権力ですが,国家が勝手に人の財産を奪っていくようなことは否定されています。
 このことは,現代日本においてもはっきりと規定されています。
 民法ではなく,憲法が規定しています。憲法29条1項に「財産権は,これを侵してはならない」とあります。所有権でなく「財産権」と書いてありますが,財産権の中でも代表的なものが所有権ですので,同じものと考えてよいです。
 このように,日本国憲法においても,所有権を侵すことは許されないと明記されているわけです。日本国憲法は,フランス人権宣言の流れをくむことがこの点からもわかりますね。

余談:所有権と財産
 ちなみに,英語では所有はpropertyですが,財産も同じくpropertyです。また,明治憲法27条1項は「日本臣民ハ其ノ所有権ヲ侵サルルコトナシ」と規定していましたが,この「所有権」は財産権のことだとされていました。
 これらからすると,所有権と財産権の区別はやっぱり気にしなくてよいようです。

余談:所有は人格に関わる
 何かを所有するということは,生活や経済だけでなく,人の人格に関わるという面もあります。人間には,何かを所有することで自分自身の人格を作っているとも言えるのです。
 たとえば,子どものころ集めていたコレクションは,その人にとってはとてもとても大切なものでしょう。もし親が勝手に捨てたりしようものなら,自分自身の一部が失われてしまったかのように深く深く傷つくのではないでしょうか。あるいは,自分の愛車は自分自身と一体化しているような感覚になったりしませんか。自分の所有している自慢の家,蔵書,おしゃれな服・・・といったもので,自分自身が形作られているという感覚はありませんか。
 所有は人格に深く関わるからこそ,不可侵のものとして保障されているとも言えます。このあたりは,憲法で学習するかもしれません。あるいは,法学を離れますが鷲田清一先生の著書を読んでみてもいいでしょう。

7 刑法による財産の保護
 憲法だけでなく,刑法も財産を守っています。刑法の第36章から第40章までがいわゆる「財産に対する罪」を規定しています。
 財産に対する罪が規定されているということは,他人の財産を不当に侵害する者に対し,国家は刑罰を科すということです。刑罰が科されるということは,そうすることで他人の財産を不当に侵害する者が現れないようにしているということです。
 財産犯は刑法の超重要分野ですので,いずれ刑法で学習しましょう。

8 封建時代の土地所有は権利関係が錯綜していた
 近代になって所有権が保障されるようになり,国家権力に奪われるようなことはなくなったわけですが,所有権について起きた変革はこれだけではありません。
 そもそも近代より前の時代においては,とくに土地については,非常に権利関係が複雑化していました。日本で言えば,荘園制をイメージしてもらうといいでしょう。
 ある土地を誰が所有しているかは,とってもややこしいことになっていました。まずはその土地を実際に耕している農民が所有してると言えそうですが,その土地を支配している領主も所有していたと言えるでしょう。さらに領主の上に上級領主や寺社教会がいて,その上級領主もまた所有していました。
 このように,近代以前には,一つの土地について,複数の所有権が生じていたのです。

9 土地所有には義務も伴っていた
 また,封建制の下では,上級領主に土地の所有を認めてもらう代わりに,下級領主は兵役や税金といった義務を負担しました。封建的な義務です。日本で言えば御恩と奉公のイメージです。土地を手に入れるということは,その土地に伴う義務も負担するということだったのです。

10 近代以前は土地の取引が困難だった
 このように権利関係が複雑で,しかも義務まで伴っているとなると,その土地を買いたいと思う人があらわれても簡単にはいきません。誰と話をつければいいのかはっきりしませんし,せっかく土地を手に入れたのに負担が伴うというのも困りものです。

10 近代的所有権の誕生
 法学入門でもお話ししたように,土地の売り買いが容易にできないと,工場を建てたりができず産業が発展しません。
 そこで,近代になってからは,所有が単純明快化されました。一つの土地には一つの所有権しかない,つまり一つの土地を所有しているのは一人しかいないというように,簡略化されたのです。また,封建的な義務とも無関係とされました。所有権はきわめてシンプルとなりました。「近代的所有権」の誕生です。
 そのおかげで土地の売買は極めて容易になり,近代以降,大いに産業が発展することとなったのでした。

11 一つの客体には一つの所有権
 一つの客体の上には同一内容の物権は一個しか存在しないという原則を,「一物一権主義」と言います。「物権の排他性」とも言います。「物権」という言葉が出てきていますが,とりあえず所有権と同じだと思っていただいたらいいです。

物権法定主義
 また,近代までは,所有権以外にもさまざまな権利が土地にくっついていました。しかし,せっかく一つの土地には一つの所有権しかないと単純化されたのに,所有権以外のさまざまな権利が土地にくっついているようでは,結局ややこしいままです。単純化になりません。
 そこで,法律に定めたもの以外の物権は否定されることとなりました。民法175条に規定されています。
 条文を眺めていただいたらわかるように,物権として所有権以外にもいくつか規定されていますが,先ほど申し上げたように今は物権=所有権でいいです。

12 自由な使用収益処分
 近代になり,所有が保障され,所有している財産を不当に取り上げられるようなことはなくなりました。
 しかし,単に取り上げられないというだけでは,自由な経済活動にとっては不十分です。自分が所有している財産を自由に使ったり売ったりすることができないようでは,自由な経済活動はできません。
 そこで,人が所有している財産については,その人が意のままにしてよい,自由に使ったり食べたり着たり捨てたり売ったり壊したり改造したりしてよい,ということも保障されました。
 ここで民法の条文を見ましょう。民法は206条において,「所有者は・・・自由にその所有物の使用,収益及び処分をする権利を有する」と規定しています。このように,所有権を有する者には自己の所有物を自由に使用収益処分をする権利が認められています。

13 使用収益処分とは
 「使用」というのは文字通り使うことです。所有者は,自分の物をどう使おうが自由です。
 「収益」というのは他人に貸して賃料収入を得るといった利益活動をすることを意味します。
 「処分」とは,通常は誰かにあげたり売ったりすることを意味しますが,消費してしまったり壊してしまったりすることも含んでいるとされています。
 このように,所有者は,自分の所有物を好き勝手してよいわけです。このことから,所有権は,物に対する「完全な支配権」であると言われています。

14 所有権の絶対性
 所有権がその物に対する完全な支配権であることを,「所有権の絶対性」と言います。所有権の絶対性には,国家権力や他人といった他者による介入や制限を許さないという意味があります。

所有権絶対の原則
 なお,所有権の絶対性は,「所有権絶対の原則」とも言います。明文の規定はありませんが,この原則は,実は民法の三大原則の一つだったりします。
 三大原則の一つなのに規定がないのも不思議な感じがしますが,民法は,重要な原理原則ほど明文がないという特色があります。旧民法には原理原則や定義規定がたくさんあったんですが,当然のことは規定する必要がないとしてさくさく削除されてしまったそうです。わかりやすさという点では削除しないほうがよかったように思います。
 もしかしたら,三大原則のあと2つの原則は何なんだと思っておられるかもしれませんが,いずれ登場しますので今は聞き流しておきましょう。

15 絶対性には2つの意味がある
 所有権の絶対性にはもう一つ,「所有権は,誰に対しても主張できる」という意味もあります。言い換えると,特定の誰かに対してだけ主張できるわけではない,ということです。
 誰に対しても主張できることを,世界中の誰に対しても効果があるという意味で「対世効」と言います。逆に,特定の誰かにしか主張できないことを,「対人効」あるいは絶対性の反対で「相対性」と言います。

16 絶対とは言うが制約はある
 これまで憲法29条や民法206条が登場しました。皆さん,ちゃんと六法で条文を引きましたか?法学の学習において条文に親しむことは大切というか出発点というかお作法ですので,決しておろそかにしないようにしましょう。
 これまでちゃんと条文をひいていた方は,すでに気付いているかもしれません。絶対といいながら,実は絶対保障ではなく制約されうるんですね。

 憲法29条には3項があり,「私有財産は,正当な補償の下に,これを公共のために用いることができる」と規定されています。所有権は絶対的に保障されているはずなのですが,正当な補償さえあれば,公共のために取り上げられてしまうのです。例えば,ダムを作るのに必要だからという理由で,土地を収用されてしまうようなケースです。

 また,民法206条にも,「法令の制限内において」と書いてあります。いくら自由にできるとはいえ,法令による制限の中でのことだったのです。たとえば,建物を建てようとするときには,自分の土地だから自由に建築できるわけではなく建築基準法等によってたくさんの制限があります。

17 所有権を制約する必要がある
 市民革命が起きた当初は,封建制度への反発もあって,所有権は絶対的なものとされました。そうすることで,自由な取引を可能としたのです。
 しかし,所有権の絶対性を貫いていくと,公害の垂れ流しが起きたり,景観が破壊されたりと,困ったことがたくさん起きるようになりました。社会公共の観点からは,いかに所有権といえども,少しは制約したほうがよいのではないかと考えられるようになりました。

18 近代的所有権から現代的所有権へ
 そこで,収用されることもあれば使用が制限されることもあるというように,様々な制約が課されるようになりました。権利だとはいえ完全に自由気ままにできるわけではない,権利にはそもそも社会性があるから制約されてしかるべき,ということです。
 第一次世界大戦後に制定されたワイマール憲法に「所有権は義務を伴う」という規定があるのは,このような考え方を背景にしています。
 所有権は,自由ではあるが一定の制約に服するというわけで,「近代的所有権」から「現代的所有権」へ移行したとされています。

補足:所有権は近代から絶対ではなかった?
 近代は自由だったが現代になってある程度制約されるようになったとうように押さえておくと,近代から現代へという流れで理解しやすいです。とくに,憲法ではこの流れがよく出てきます。
 ところが,そもそもフランス人権宣言においても,「法的に示された公的必要性が明白にそれを要求する場合」であれば,所有権を制約してよいとされていました。星野先生によれば,「所有権の絶対性」は,近代革命の時代のスローガンに過ぎない,当時から,実際上も所有権は絶対ではなく,制約されたり公用徴収されたりしていたとのことです。
 現代では様々に制限されているばかりか,そもそも近代の当時から絶対ではなかったりということですので,「所有権絶対の原則」は民法三大原則の一つではあるのですが,さほどのものではないということのようです。

19 所有権の意義・内容
 所有権が保障されていることと,民法において所有権を有する人は自由に使用収益処分できること,近代において所有権が単純化したことを学習しました。
 まとめに代えて,所有権の意義も押さえておきましょう。所有権とはどのような権利かということです。
 所有権とは,「所有者が自由に客体を使用・収益・処分できる権利」であり,「客体を全面的に支配することができる権利」です。所有権は支配権であるということを押さえておきましょう。


外部リンク