四日目:いきなり司法試験の過去問を解いてみよう

1 事例問題を眺めてみよう
 民法のイメージを深めるために,今回は事例問題を解いてみましょう。
 もちろん,まだ民法を本格的に学習したわけではありませんので,内容がさっぱりわからないのは当然です。そこは気にせずに。ですので,解くというよりは眺めてみるという感じでいいかと思います。
 今回の目標は,民法ではどんな感じの事例問題が出題されているのかのイメージをつかみ,その問題についてどういうアプローチをしていくのかを押さえておくことです。そうすれば,どういう内容を学習すれば事例問題が解けるようになるかというイメージも,なんとなく見えてくるのではないでしょうか。

2 旧司法試験の平成元年第1問を見てみよう
 いわゆる旧司法試験の論文問題を取り上げます。平成元年ころの司法試験は500人しか合格できず,合格率も2%くらいでした。まさに最難関の資格試験だった時代ですね。
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<平成元年の論文問題民法第1問>
 Aは,Bに対し,自己の所有する中古のステレオ・セットを贈与することを約し,Bへの送付をCに委託した。ところが,Cによる輸送の途中,Dがこのステレオ・セットを盗み,Eに売り渡した。
(一)この場合に,A,B及びCは,Eに対し,ステレオ・セットの引渡しを請求することができるか。
(二)(以下略)
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 当事者がA,B,C,D,Eと5人も出てきて複雑そうです。こういうときは図をしっかり書いて人間関係を把握します。間違った把握をしてしまったら,たぶんそれだけで「問題文の事実関係さえ把握できないような受験者である」と認定されてアウトです。図を書くくらいなら簡単にできそうですけど,試験本番の独特の緊張感のせいでやらかしてしまうことは多いので気を抜いてはいけません。

3 問題文の問いを把握しよう
 図を書いたら次に,その問題文でいったい何が問われているのかを確認します。問題文の「問い」を見ましょう。
 (一)では,A,B,Cそれぞれが,Eに対し,「ステレオ・セットの引渡しを請求することができるか」が問われています。つまり,Eに対する「引渡を請求する権利」がはたしてA,B,Cにあるのかが問題となっています。
 何が問われているかの確認は必須です。当たり前のことのようですが,この当たり前を忘れてしまいがちですので気をつける必要があります。

4 問題となっている権利について条文を確認する
 そこで,「引渡を請求する権利」というのはどのような権利か,その権利は民法の第何条に規定されているのかを確認します。学習が進んでいれば,ここはだいたい頭に入っているはずですのでさくさく進むはずです。しかし,念のため,六法で条文を確認しましょう。
 問題によっては,条文に規定されていないけれど解釈により認められる権利という場合もあります。この場合は,なぜ解釈で認められるのかを論じておく必要があります。
 本来ならここから第何条がどうという具体的な話になるのですが,今はパスして,問題の考え方についてだけお話しすることにします。

余談:そもそもそんな権利はないという可能性は?
 論理的には,問題となっている権利が,条文で規定されているわけでもなければ解釈によっても認められない,という可能性はあります。本問も,もし引き渡しを請求する権利が民法上認められないなら,「AもBもCも引渡を請求することはできない」という回答になるでしょう。
 しかし,それでは話があっさりと終わってしまいますので,そんな問題はさすがに出題されないと思います。

5 権利が発生するための要件を確定する
 さらに,引渡を要求する権利が発生するための要件を確定します。
 要件は基本的に,条文の文言から導かれるはずです。
 しかし,条文解釈が必要な場合もあります。必要なら条文解釈を行って法規範を確定し,要件を導きます。

6 要件に問題文の事実をあてはめて結論を出す
 最後に,この問題において,先ほどの要件を満たすのかを検討します。いわゆる要件への事実のあてはめです。それで結論が出ます。
 A,B,Cと3人について問われていますので,3人それぞれについて要件を満たすかを検討しなければなりません。

重要:法律論であるためには
 なお,要件効果のレベルでは一般的抽象的な論述を行い,要件にあてはめるレベルでは問題文の具体的な内容を使います。この2つのレベルがごっちゃになってしまっては,もはや法律論ではありません。法律論である以上,あくまで一般的抽象的な法規範が先に存在し,その法規範に事実をあてはめるのです。この論理的な順序を常に常に心がけてください。この順序が崩れてしまうと,法律論ではなく単なる漫談になってしまいます。

7 問いに答えた結論をしっかり書く
 そして,答案の最後は,最初に把握した問いに対応して,「ステレオ・セットの引渡しを請求することができる」あるいは「ステレオ・セットの引渡しを請求することができない」になるはずです。問いにきちんと答えるわけです。この「締め」を,決して忘れないようにしましょう。

補足:途中の過程が大切
 慣れてくれば,問題文を読んだだけでぱばぱっと結論を出せるようになるでしょう。
 しかし,法学入門でもさんざん述べたように,答案にはきちんと過程を示す必要があります。ゆめゆめ,論理をきちんと押さえて答案に表現することを怠らないようにしましょう。

8 平成元年第2問
 もう1問,いっときましょう。同じ年の司法試験論文問題第2問です。司法試験といえども恐れることはありません。むしろ良問揃いです。勇気を振り絞って・・・いや,お気楽に立ち向かいましょう。
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<平成元年の論文問題民法第2問>
 Aは,Bに対し,売主をC,買主をBとする売買契約に基づくCの目的物引渡債務を保証する事を約し,Bは,売買代金を前払いした。ところが,履行期が到来したにもかかわらず,Cは,目的物を引き渡さない。
(一)
(1)Bは,Aに対し,どのような請求をすることができるか。
(2)(以下略)
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 幸いにも登場人物はA,B,Cの3人だけですね。少ないので楽そうです。しかし,油断は厳禁です。やはり図をきちんと書いて,事実関係を把握しましょう。

9 同じく問題文の問いを確認しよう
 この問題では,「どのような請求ができるか」が問われています。
 先ほどの平成元年第1問では,引渡を請求する権利と特定されていました。しかし,この問題では,権利が特定されていません。どのような請求ができるかということは,どんな権利があるかを自分で考えなさいということです。この点では,こちらの問題のほうが少し難しいと言えます。

10 当事者の立場で常識的に考えてみる
 こういう場合は,民法では,まずは常識からスタートするのがセオリーです。つまり,BやAの立場になってみて,BやAならどう思うか,どういうことを考えるかを法を離れて常識的に想像してみるのです。
 民法は,私人間の利害調整のための法律ですので,常識的に考えてどうか,常識的な解決はどういうものかという発想が大切になります。

11 BはCにどんな文句を言いたいか?
 問題文によれば,まずBとCの間で売買契約が締結されています。
 売買契約についてはいずれお話ししますが,売主のCは目的物をBに引き渡す義務を,買主のBは代金を支払う義務をそれぞれ負うことになります。そして,Bは代金を先払いしていますので,義務をきちんと果たしたわけです。ところが,Cは代金を受け取ったのに,自分の義務は履行していません。
 ふてえ野郎だということで,いやもしかしたらCは女性かもしれませんので野郎というのはおかしいかもしれませんが,ともあれ,BはCに「目的物を引き渡せ」と言いたいでしょう。もしCが引き渡さなかったせいで取引上の大迷惑が発生し,Bが損害を受けたりしていたら,「損害を賠償せよ」とも言いたいでしょう。たとえば,結婚式に提供するからくれぐれも遅れないようにと言ってたのに,という場合です。
 これが「B→C」になります。

12 BはAにどんな文句を言いたいか?
 問われているのは「B→A」ですので,次にAに対してBはどんなことを言いたいかを考えます。
 Aは保証しており,保証というのは本来の義務者がちゃんとしなかったときのための制度ですので,まさにCがちゃんとしていないこのような事態に発動すべきものです。
 そこで,Bは保証したAに対しても「おまえにCの代わりに責任を果たしてもらうぞ!」と言いたいでしょう。

13 具体的にどんな責任を果たしてもらうか?
 問題は,「代わりに責任を果たす」ということの中身です。具体的にどういう内容になるでしょうか?
 Aは,保証した以上,Cから目的物を力づくででも手に入れてBに渡さないといけないのでしょうか。あるいは,どこかから目的物と同じ物を手に入れてくる必要があるのでしょうか。世界に1個しかないものだったらどうしましょうか。大人の解決,つまりお金で解決するしかないでしょうか。
 そもそも問題文には「目的物」としか書いてなくて,土地なのか車なのかケーキなのか本なのか謎です。あえて目的物の中身が書いてないんですね。

14 常識的な考えを法律的にとらえ直す
 さて,Bは保証人のAに文句を言いたいだろう,責任を追及したいだろう,ということまでが常識的な想像で導かれました。
 次は,この常識的な考えを,法律的にとらえ直す作業になります。ここからが法律家の仕事と言えます。
 民法では保証人の責任についてどう規定しているか,どの条文か,その条文から一義的に結論が導かれるか,解釈の必要はないか,解釈の必要があるならどう解釈するか,その解釈の根拠は何か,というように順に思考を巡らしていくことになります。
 具体的な内容については少しだけ触れておきます。

15 保証契約の条文
 民法には保証制度についての規定があります。民法446条です。この規定では,1項が「保証人は,主たる債務者がその債務を履行しないときに,その履行をする責任を負う」と定めています。
 条文中に「主たる債務者」とか「債務」とか「履行」といった言葉が出てきていますが,今は気にしないでください。

16 平成元年第2問ではどうなるか
 この問題においては,実際に約束したCが約束を守っていないので「主たる債務者がその債務を履行しないとき」に該当し,また,Aは保証していますので「保証人」に該当します。したがって,Aは「その履行をする責任を負う」のですけど,具体的にどんな責任かが書いてないんです。446条の2項やそのあとの条文を見ても書いていません。ということは・・・そうです,解釈の出番です。
 平成元年第2問は,この文言の解釈を問う問題だったのです。民法446条1項の文言の解釈をして,どんな責任を課されているのかについて明確な法規範を打ち立てなさい,という問題だったのでした。

17 平成元年第2問についてのまとめ
 まずは民法446条1項が引用できなければ話は始まりません。条文が出発点です。
 次に,この条文を分析すると,①保証人は,②主たる債務者がその債務を履行しないときに,③その履行をする責任を負うとなり,①②の要件を満たせば③の効果が発生するという規定です。そこで,先ほど述べたように,さらりと本問では①②の要件を満たすことを確認します。
 そして,③の効果について,上述したように解釈を行い,法規範を打ち立て,本問についてはどういう結論になるかを示すことで問いに答えることで,答案は完成します。

18 民法446条1項の解釈
 現時点では,「その履行をする責任を負う」の解釈については覚えなくてもいいです。
 一応触れておくと,「その履行をする責任」と書いてある以上は本来の債務と同じ内容の義務を履行する責任を負うとも解釈できます。
 しかし,どのような責任を負うかは,保証契約の趣旨次第と解釈するほうが自然です。つまり,買主と保証人とがどういう合意をしたかです。通常は,保証人が売主に代わって目的物を引き渡す義務を負うよりも,代金を返す義務や損害を賠償する義務を負う趣旨と思われますが,いかがでしょうか。もちろん,具体的な保証契約の内容によっては違う義務のことも考えられるでしょう。
 ・・・わかりにくければ,今は放っておいていいです。

19 まずは所有権から学習しよう
 これにて民法入門は終了です。
 次回からは民法初伝ということで,本格的に民法の学習を開始しましょう。
 「X→Y」のイメージのうち,「→」の部分にあたる権利についてお話しします。
 権利にもいろいろな種類がありますが,まずは「所有権」を取り上げます。民法は財産取引に関する法ですが,財産を誰かと取引するためには,その前提として自身が財産を所有していることが必要です。したがって,最初に所有権から始めることになります。

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