三日目:民法の構造

1 民法の基本構造
 民法は財産や取引について定めているということですが,今回は,民法がどのような形で財産関係を規定しているのかをマスターしましょう。言い換えれば,民法の基本構造についてのお話ということになります。

2 法学はロビンソン・クルーソーがお好き
 法学は『ロビンソン・クルーソー』が大好きだそうで,法学入門の教科書によく登場します。ぱらぱらと調べてみただけでも,団藤先生の『法学入門』やラートブルフの『法学入門』等に出てきました。
 ロビンソン・クルーソーは知ってますよね,無人島に漂流した話です。伝統にならって私もここでロビンソン・クルーソーを登場させましょう。

3 法が生じるとき
 無人島にいるロビンソン・クルーソーは当然一人ぼっちです。一人ぼっちだと寂しいでしょうが,誰に気兼ねすることなく気ままに生きていけるわけですから,「法」は必要ありません。「法」というと固いイメージかもしれませんのでルールと言ってもいいですが,一人しかいないときにはルールは発生しようがありません。
 しかし,物語の途中で従者フライデーが現れて,二人で暮らすようになってからは話が違います。二人で共同生活を送る以上,どのようにして共同生活を送っていくのかについて,二人の間でなんらかのルール,すなわち「法」が必要となります。たった二人でも「社会」ができたと言え,そこには「法」も生じるわけです。
 このように,法は,人と人との関係について定めています。「社会あるところに法あり」という法学の諺もあります。

4 民法はどのような形で人間関係をとらえているのか?
 民法も,法の一種ですので当然,人と人との関係について定めています。そして,人間関係の中でも,とくに人と人との財産取引関係について定めています。
 では,民法は,財産取引関係を,どのような形でとらえているでしょうか?つまり,具体的にどのようなイメージになるのでしょうか?

5 法=権利
 「法」のドイツ語はrechtです。このrechtには「法」という意味のほかに「権利」という意味もあります。
 日本では法と権利はだいぶ違うイメージになりますが,ドイツでは法と権利とは同じものとされています。ちなみにイェーリングの有名な『権利のための闘争』も,「rechtのための闘争」ですから「法のための闘争」という意味でもあるわけです。
 法と権利義務は同じものの両面であり,普遍的抽象的にみたものが法,個別具体的にみたものが権利義務とされています。『権利のための闘争』にはrechtの客観的意味がいわゆる「法」,主観的意味が「権利義務」とあります。
 したがって,法的関係とは具体的には権利義務の関係ということになります。

補足:古来から法は権利の体系
 『概説西洋法制史』によると,法は決して固定的なものではなく変化するが,変化しない部分もある,ヨーロッパ法においては法が「権利の体系」である点が過去から現代にいたるまで変わらない部分である,ということです。
 ローマ法の時代から今日に至るまでずっと,法は権利の体系だったのです。

6 民法は「権利」で人間関係をとらえている
 このように,法は権利と同じものであり,法的関係は権利義務の関係を言います。
 そして,民法も,人と人との財産取引関係を,「誰かが誰かに対して,いかなる権利を持っているか」という形でとらえています。民法は,「権利」によってすべての人間関係をとらえているのです。

余談:民法は権利義務の体系
 このあたりは民法の教科書にはさらっと書いてあって読み飛ばしがちなところのような気がしますが,民法を学習するうえでは最初に押さえておくべき大切なポイントだと思います。
 内田貴先生の『民法Ⅰ』には,民法は,全ての関係を権利義務で表現している,言い換えれば,民法とは市民社会における社会現象をことごとく権利・義務という法的概念に還元して捉えようとする壮大な試みなのだ,とあります。
 我妻先生も「私法,ことに民法は,権利本位に構成されている」と書いておられますし,星野先生も「私法は,権利の体系であるといえよう」とされています。

7 「貸した金返せ」という権利
 「権利」でとらえるということがイメージしづらいかもしれませんので,次の事例を見てみましょう。
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<事例>
 XはYに対し,1か月後に返してもらう約束で100万円を貸した。そして1か月がたった。
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 この事例では,XはYに対して「100万円返せ」という権利を持っています。イメージとしては「X-(100万円返せ)→Y」という感じです。
 民法は,このようにXとYの関係を「二人の間にどのような権利が生じているか」あるいは「何が請求できるか」でとらえます。さほど難しく考える必要はなく,「X→Y」というイメージを頭に浮かべればよいでしょう。

補足:法における抽象化・単純化
 法学入門でもお話ししたように思いますが,法学においては,このように「X」「Y」といった形で,人間を抽象化して考えます。ちなみにXY以外にも,「A」「B」「C」や「甲」「乙」「丙」のときもあります。
 また,現実には複雑ないろいろな事情が絡まっているであろうところを,きわめて単純化して,法において問題となる事情のみを取り上げます。要件にかかわらない事情は無視されてしまいます。
 つまり,法学では,物事をきわめて抽象化・単純化して把握します。
 こういうことをするから,法学は,個別具体的な事象を重視する芸術家の方々に忌み嫌われているようです。しかし,誰にでも平等に適用される一般的なルールが「法」なのですから,抽象化・単純化は法の背負う宿命とも言えるでしょう。

補足:民法は個人で考える
 「X→Y」というイメージから,民法は,人間を一人1単位でとらえていることがわかります。つまり,「X→Y」はX一人だけがY一人だけに権利を有している,なんらかの請求ができることを表しています。このことは,言い換えると,Y以外の人はXから請求されるいわれはないということです。
 当然のようですが,たとえば「子どもなんやから親の借金を払え」というのは,いかにももっともらしい感じもする言い分ですが,民法では成立しない考え方です。
 ただし,物事には例外がありまして,保証人になっていたり,民法が特別な責任を課していたりすると話は別です。とりあえずは例外は置いておいて,原則論をしっかり頭に入れておきましょう。

補足:権利義務は裏と表
 権利を反対側からみれば義務になります。XがYに対して持っている100万円返せという権利は,YからすればXに対して100万円返さなければならない義務になります。
 なお,権利と義務は,どちらで表現しても同じことなのですが,権利のほうで表現することのほうが多いと思います。

余談:法律関係を論ぜよ
 民法の事例問題では,「XとYの間の法律関係を論ぜよ」という問われ方をすることがよくあります。
 「法律関係」などというととても難しげですが,法律関係というのは,つまりは権利義務の関係のことです。ですので,要は,XがYにどんな権利を持っているのか,逆にYのほうはXに対してどんな権利を持っているかを答えればよいのです。「XとYとは何とか関係にある」というような回答をすることはありません。

余談の余談:三者間の法律関係を論ぜよ
 「XYZ三者間の法律関係を論ぜよ」という問題もあります。二人しかいなければ,お互いがお互いに対し,それぞれどういう権利を持っているかを検討すればよいのですが,登場人物が三人となると,いかにもややこしい感じがします。
 しかし,実はさほど大したことはなくて,「XとY」「YとZ」「ZとX」の三つに分けて,それぞれの間でどのような権利がお互いにあるかを検討すればよいだけです。

8 学習する内容(→)
 このイメージをもとに,あとは,権利を表す「→」の部分について学習していくことになります。
 どのような権利があるのか,どのような場合に権利が発生するのか,権利は発生しているが行使できないというのはどんな場合か,どうすれば権利が消滅するのか,といったことについて学習します。
 例えば,先ほどの<事例>で出てきたXの「100万円返せ」という権利はどうすれば発生するのでしょうか。あるいは,Xによる「100万円返せ」に対し,Yが「いや,君の権利はもう消滅してもうててないやん」と言えるのはどんなときでしょうか。はたまた,Yが「すまん,もうちょっと待ってや」と言ってすぐの支払を拒否できる場合はあるでしょうか。こういったことを順番に学習していきます。

9 学習する内容(X・Y)
 さらに,「X→Y」のイメージのうち「X」「Y」の部分も問題です。どのような存在であれば「X」ないし「Y」となる資格が認められるのかということです。
 もちろん,人間が「X」「Y」に該当することは明らかなのですが,人間でさえあれば,誰でも問題なく認められるのでしょうか?たとえば,外国人は?子どもは?老人は?女性は?生まれる前の胎児は?亡くなられた人は?あるいは,人間ではない団体は?動物は?ロボットや怪物は・・・?といったことを検討する必要があります。
 「X」「Y」になれるとしても,たとえば幼少の子どもが自ら自由に取引することは無理でしょうから,特別な配慮が必要になりそうです。民法はどんな配慮をしているでしょうか。
 ただ,この部分については各自の学習に委ねるということで,この道場では省略することとなりそうです。

10 要件・効果は権利の発生・消滅等に関わる
 そこで,「→」すなわち権利についてこれから学習します。
 法学入門において,近代法は要件と効果を定めているということを学習しました。学習したはずです。覚えておられますか。お願いします思い出してください。
 民法では,この要件と効果は,「ある要件を満たせば,ある権利が発生する(という効果が生じる)」「ある要件を満たせば,ある権利が消滅する(という効果が生じる)」といった形になっています。
 ですので,民法学習の目標は,要件効果をマスターして権利の発生や消滅等を判断できるようになること,となります。

11 権利は観念的なものなので事実によって判断する
 ところで,権利はおよそ目に見えないものです。たとえば<事例1>の「100万円返せ」という権利もそれ自体は目に見えませんよね。権利は観念的なものであり,われわれの頭の中にしか存在しないのです。
 民法はそういう目に見えないものを扱うわけですが,どうしたら扱えるでしょうか?
 権利が発生したり変動したりするのは,その権利すなわち効果について定めている要件を満たすかどうかで決まります。そして,要件に該当するのは,事実です。ということは,要件に該当する事実があるかどうかがわかれば,権利がどうなっているかもわかるということです。「要件(事実)→効果(権利)」になっているわけです。
 権利そのものは目に見えないので,その権利に関わる要件に該当する事実があるかどうかで判断するのです。

12 貸した金を返せという権利
 先ほどの<事例>ではどうなるかで考えてみましょう。民法587条を開いてください。お金の貸し借りに関する条文です。
 この条文によれば,「当事者の一方が種類,品質及び数量の同じ物をもって返還をすることを約して相手方から金銭その他の物を受け取ること」で「消費貸借」の効力が発生するということがわかります。
 ざっくり言えば,①相手がお金を返すことを約束して,②相手がお金を受け取れば,③消費貸借という効力が発生する=相手に「お金を返せ」という権利が発生する,ということです。細かい事は今は置いておき,読み取っていただきたいのは「①と②の事実があれば③の権利が発生する」と規定されているという点です。
 ということは,「貸した100万円を返せ」という権利を主張したいXは,「Y君,君は100万円返すって約束したよね」「Y君,君は100万円受け取ったよね」という2つの事実があればよいということです。裏返せば,この2つの事実があるかないかで,「貸した金を返せ」という権利が発生しているのか発生していないのかがわかる,ということでもあります。

13 事実はどうやって認定されるのか?
 権利があるかないかは事実によって判断する,要件に該当する事実があるかどうかで判断するということでした。
 では,事実があるかないかはどうやって判断するのでしょうか?
 先ほどの「返すって約束したよね」も「お金受け取ったよね」も,いずれも過去の事実です。過去に起こった事実を,どうやって認定したらよいのでしょうか?

14 事実は裁判において証拠によって認定される
 事実の認定は,最終的には民事裁判の場において証拠によってなされます。証拠によらない場合もありますが,詳しくは民事訴訟法で学習します。
 例えば「返すという約束」は,そのような内容が記載されていて相手の署名捺印もある書面,つまりは「借用書」という証拠があればばっちり認定されるでしょう。「お金を受け取った」については,「領収証」があれば問題ないでしょう。
 どんな証拠があれば,民事裁判において事実として認定されるのかという話は「事実認定論」と言って,非常に専門的になります。前提として,民事訴訟法の知識も必要になります。
 ですので,証拠による認定のあたりは応用編になります。今は気にする必要がありません。

補足:実体法と手続法
 民法は権利義務について定めているのですが,民事訴訟法は,その権利があるかどうかをどのような手続で判定するかについて定めています。また,権利があると判定されたとして,次にその権利を強制的に実現するための方法が問題となりますが,これについては民事執行法が定めています。
 権利義務そのものについて定めている民法は「実体法」,その権利義務の判定や実現方法について定めている民事訴訟法・民事執行法は「手続法」と呼ばれます。

補足:民事訴訟法で学習すること
 ちなみに,民事訴訟法では,誰が民事訴訟を起こせるのか,どの裁判所に起こせばよいのか,訴訟を起こした後は何をどのように主張立証すればよいのか,裁判所は何をどのように判断するのか,裁判所がいったん判決をして判断を下した後にもう一度訴訟を起こせるのはどのような場合か,といったテーマについて学習することになります。
 また,先ほど申し上げた事実認定のルールも民事訴訟法で学習します。民事訴訟法の中でとくに「証拠法」と言うこともあります。

補足:民法→民事訴訟法→事実認定
 証拠法のルールにのっとって,具体的な事件・裁判において,どのような証拠からどのような事実を認定するかというのが「事実認定論」です。このレベルまでくると,やっていることは現実の裁判官や弁護士と異なりません。ここまでマスターしたら,法律実務家としてのゴールに到達したと言っていいでしょう。

余談:弁護士の法律相談では
 弁護士は,法律相談の場において,依頼人から種々雑多な話を聞きます。たくさんの話をおうかがいしたうえで,その依頼人が求めていることを実現するためにはどの法律のどの条文が使えそうか,その条文を使うためには,つまり要件を満たすためにはどのような事実が必要か,その事実を証明するためにはどんな証拠が必要かを考えていくことになります。とても大変そうです。大変ですが,慣れてくれば,ある程度ぱぱぱっと判断できるようになるでしょう。
 しかし,変に慣れてしまって,ろくに話を聞きもせずぱぱぱっと結論を出してしまうような法律家もいかがなものかと思います。ミヒャエル・エンデのモモのように,じっくりと話を聞くことはとても大切だと,私は思います。

15 民法では事実は所与のものとして扱う
 事実は証拠によって認定されるのですが,しかし,民法を学習するときは,問題文に書いてある事実は間違いないものとして扱います。「証拠があるのか」とかは考えなくていいのです。
 先ほどの<事例>でも,「返す約束をした」という事実や,「100万円を渡した」という事実を疑う必要はありません。いや,疑ってはいけません。ですので,「いやいや,ほんまに約束したかわからんやん。借用書あるん?」などと言い出すのは民法では御法度です。民法に限らず法学全般においてぜんぜんだめな態度です。法学では,問題文に書いてある事実を疑ってはいけません。

16 要件効果を学習するにあたり,民法解釈が必要となる
 法学入門において,法学の学習とは事例問題を法的に解決できるようになることであり,そのためには法的三段論法をマスターする必要があり,そのためには条文を解釈して法規範を導くことができるようにならなければならない,というようなお話しをしました。
 民法学の学習でも同じです。
 条文からは要件効果がはっきりしないときや,条文をそのまま適用しては結論があまりにも非常識で利害調整としておかしいときがあります。そういうときに,解釈の出番となります。民法においても,条文の解釈を行って要件効果のルールを確定する必要があります。要件効果のルールをマスターして事例問題を解決できるようになることが学習の目標となります。

17 まとめ
 今回は,民法は権利の体系であること,権利は要件に該当する事実があるかどうかによって判断されること,したがって要件効果を学習すること,条文の解釈を行って要件効果のルールを確定することなどをお話ししました。「X→Y」のイメージはつかめましたか。
 次回は,司法試験の論文問題を検討してみて,民法の事例問題のイメージをつかむことにしましょう。

外部リンク